第10話

 おかしい。低ランク冒険者の群れが途絶えたのは理解出来るが、その上のランクの冒険者が一切来ない。これだけの大量の人間がダンジョンから戻らないのに、全く救助が来ないなんてあり得ない。

 あれから合計で860万もの迷宮力を得たので大幅なダンジョンの改造を行ったが、それでも不安が募る。胸騒ぎがすると言うか、酷く嫌な予感がする。嵐の前の静けさ、というやつだろうか。出来る事は全てしておいた方が良さそうだ。

 とは言え三種類もエリアを増やしてしまったので、ダンジョンの更なる改造を施すには残りの迷宮力が心許ない。それでも100万近くは残してあるのだが、最初の水のエリアほどお手軽に造れるものばかりではない。あれは水を生み出すのに殆ど力を使わなかったから出来たのだ。

 ならば、ここらで奥の手を作っておくべきか。この最奥まで侵入を許した時、私が出来る事を増やせれば多少はマシになる。例えば、色仕掛けとか。私は妙に男受けが良いから、それを利用しない手は無い。

 コアを隠す様に新しいベッドを配置し直す。今度は天蓋付きだ。あとはこれに座っておけば良いだろう。この為だけに蠱惑のベビードールと小悪魔のショーツ、それからチャーミングパルファムと言う香水を生み出した。

 冒険者には男が多いので、出来る限りメスの匂いを纏っていた方が良いだろう。これで私自身が一つの宝となり、同時に罠となる。まあ、女の冒険者に対してどれほど効くかは判らないけれど。思えば、私は女には嫌われ易かった。恋人を寝取っただの何だの、多分私を性処理に使った男がそれなのだろう。見る目が無かったのではないだろうか。

 それよりも。これだけでは私には攻撃手段が無いのでただ犯されて終了、最悪死ぬ。だから、それを生み出す。私が強くなる必要は無い、私が気を引いている隙に殺せれば良い。

 私はリビングアームズと言う魔物を生み出した。人に取り憑くレイスみたいな性質の、武具に取り憑いて動く魔物だ。剣に取り憑かせて死角から攻撃させる。そこら辺に戦利品の剣が沢山落ちているので、そこに混ぜても判らないと思う。

 

「へえ。結構器用だね。」


 適当な長剣に憑依したリビングアームズは浮遊しながら突進してみせたり、幾度も振るう様な動作をしてみせた。これが中々の鋭さで、そこそこの強さの敵だったら正面からでも相手が出来そうだ。そうなる前に殺すつもりだけど。

 ただ、本当にこう言った剣で良いのか不安が残る。もっと良い物は無いだろうか。素材の強さではなく、形状だ。長剣の様な如何にも攻撃的な武器ではなく、どれほど気付かれずに攻撃出来るか。もっと小さくて、日常に溶け込む様な物。


「ううん、これはどうなんだろう……いける? ああ、大丈夫なんだ。」


 生み出したのは一本の針。とても武器と言えない様な物だけれど、リビングアームズは問題無く憑依してくれた。優秀な子だ。


「君は切り札だからね。絶対に見付かっちゃ駄目だよ。」


 リビングアームズは私の近くに隠れると、微動だにしなくなった。軽く撫でてやると僅かに震える。こういうのは、悪くない。

 最後の抵抗手段の目途も立って、少し落ち着いた。ああ、そうだ。忘れていたけれど、偵察用の魔物を生み出さないといけない。侵入者が来る事を事前に知っておきたいのは勿論、それ以上に情報が欲しい。例えば、冒険者が来なくなった理由とか。

 今回は二種類の魔物を使う事にした。片方は鼠型の魔物であるラピッドラット。力は無いが、小さい上に非常にすばしっこいので人間から見れば面倒な魔物だ。外見も普通の鼠と大して変わり無い。

 そしてもう一つ、影の魔物であるシャドウ。以前生み出したものと違って攻撃能力が殆ど無い魔物だ。こちらはラピッドラットの影に潜ませる。例えラットの方がやられても、シャドウの方までは気付かれづらい。異なる種の魔物同士で組んでいるなんて酷く限定的で、普通は考えられないからだ。

 両者共に攻撃能力はかなり低いが、攻撃する必要は無いので問題無い。むしろ弱い方が見付かった時に警戒されにくいだろう。まあ、常識的に考えればダンジョンから魔物が出て来る事自体がおかしいのだけれど。

 さて、まずは一組だけ外に出してみよう。入口の周りはどうなっているのだろう。


「えぇ……。何これ? すごい囲まれてる……。」


 そこには十人ほどの人間達が居た。装備などの様子から、中堅の冒険者である事が窺える。幸いながらこちらに気付いていないみたいで助かった。物陰を縫う様にラピッドラットを走らせ、木の上に潜ませる。

 そのまましばらく様子を見たところ、どうやら彼等もこちらを見張っているらしい。


『あぁ〜。暇過ぎて死にそうだぁ〜。』

『何度目だよ。ったく、こんな楽に稼げる仕事なんてねえだろ。』

『そらAランク様さまだけどよぉ。見てるだけってのもつまんねえだろぉ〜?』

『まあなぁ。カードでも持ってくりゃ良かったぜ。』


 見張っていると言うよりは持ち場でだらけていると言った方が的確か。まあ、兵士でもない彼等に大して変化の無いものを四六時中見張りをしろと言うのも酷な話だが。

 そんな事よりも聞き逃してはいけない言葉があった。Aランク。それは冒険者の中でも最強に位置する者達である。どのくらい強いのかと言えば、最低でも一つのパーティでワイバーンを問題無く殺せるくらい強いらしい。私はワイバーンの強さがいまいち判らないけれど、時には街を壊滅させる事もある、と聞いた事はある。要するに、Aランクの冒険者は人間を辞めていると言っても間違いではないくらいに強いのだ。

 これは不味い事になった。話の流れから見るに、彼等はAランク冒険者が受けた依頼の影響でこのダンジョンを見張ると言う仕事を得た。つまり、そのAランク冒険者が到着するまで居座ると言う事。人間を辞めている奴等が私を殺しに来る。

 何故いきなりAランクなのだろう。やって来る冒険者は段々強い者が増えていくものだと思っていたのに。そもそもAランクなんて超高難度の指名依頼に引っ張りだこで忙し過ぎて連絡を取る事も難しいという話のに、何故こんなに早く私の所に来るのだ。

 流石に一つのパーティだけだろうが、どう転んでも不味い事になる。皆殺しにして消息を絶たせたら人間達からとんでもなく警戒され、複数のAランクパーティやそれと同じくらい強い戦士が送られてくる可能性が高い。生かして帰しても、ダンジョン内の構造や仕掛けを知られる上に代わりが送られてくるだろう。いずれにしても私にとっては危険が危険を呼び寄せる状況なのだ。


「でも、やる事は変わらない。勝った後の事を考えなくちゃ。これ以上手を出されるのは嫌だ。」


 Aランクの冒険者はこのまま迎え撃つ。今まで通り全員死んでもらう。ほんの僅かでもダンジョン内部の情報は渡すべきではない。その上で、人間側をどのように諦めさせるかを考えなければならない。これ以上に危険な状況になるのを防ぐために動かなければ。


「いきなりAランクが来るなんて、多分指示してる人間が居る。……君達は近くの街のギルドに潜り込んでもらうよ。」


 三組のラット達を、間隔を置いてダンジョンの外に出していく。まずは村を探す。以前子供が来た事から、この付近にあるはずだ。後は街道を辿っていけば良い。

 しかし、素早い魔物を生み出して良かった。体も小さいし、普通の鼠と同じ様な速度では、街までどれほど時間がかかる事か。ダンジョンで生まれた魔物だから飲まず食わずでも平気だし、疲れ知らずなのも助かる。

 彼等は外の魔物と違って、その性質は生物と言うより罠に近い。だから戦闘さえしなければ消耗はほとんど起こらないし、離れようともダンジョンとの繋がりがあるから視界や聴覚の共有も出来る。更に言えば、やろうと思えば私の意思で動かしたり出来る。人間以外の動き方なんて解らないし集中する必要があるから、私は基本的に指示を送るだけにしているけれど。


「私も、君達と同じだよね。」


 コアと完全に同調している私は、実の所食事や睡眠を取る必要が無い。最初は分からなかったけれど、いくら時間が経っても全然腹が減らなかったり、逆にどれだけ食べても満腹にならない事から判明した。それでも食事や睡眠を行っているのは休息の意味もあるけれど、今はそれしか楽しみが無いからだ。まあ、先日の睡眠は失敗ではあったけれど。

 そして今、私は自らを罠に仕立てている。こうなれば最早魔物と変わりないのだ。ただ、最上位に位置すると言うだけ。私はまだ、人間と呼べるのだろうか。


「……まあ、悪くないかな。」


 例え魔物と呼ばれようとも、きっとそう思える。今更、人の世界で生きていく必要も無い。今の私にとって、人間は敵なのだから。

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