第9話

 肉と肉の打ち付け合う音が聞こえる。揺れる視界に、一人の醜悪な男が映った。


「フィーア、休むな。しっかり腰を振れ。」

「……はい、ご主人様。」


 ああ、そうだ。ご主人様にご奉仕をさせて頂いているのだった。先程まで何も感じていなかったのに、それを意識してしまうと、躾けられた身体は熱く反応してしまう。自分では見えないけれど、きっとだらしない顔をしているだろう。

 ご主人様の肉体に抱きついて、ゆっくりと腰を上下に動かす。これをすると悦ぶのだ。

 ご主人様の瞳に熱の篭った視線を送り、目を閉じる。接吻くちづけを強請る合図だ。ご主人様は寵愛を求めて淫乱に甘える私を好む。だから、私はベッドの上では目いっぱい甘えて見せるのだ。だって、私はそのための道具なのだから。


い奴め。」


 執拗に乱暴に口内を蹂躙される。私も負けじと貪る様に食らいついて舌を絡ませて。そして、喉から大量の水を吐き出した。首に手を回して、逃れられないようにしがみつく。

 ああ、そうだ。私はこの男に殺されかけたのだった。ならば、私がお前を殺してしまっても別に構わないだろう。私と繋がったまま水に溺れる男は、事切れる寸前に私の中に精を吐き出した――


「――最低な夢だ。」


 目を覚ますと、私は一人でベッドの上に居た。あの頃とは比べ物にならない程上等なベッドだ。だと言うのに、実に不愉快だ。

 全く、何が瑞夢だ。良い夢を見せるどころか悪夢ではないか。それとも、私が淫夢を望んでいるとでも言うつもりなのか。こいつはもう、使わない。迷宮力として還元してやる。

 唯一良かったのはあの男を殺した所だ。確かに目の前に居れば殺したい。しかし、それ以上に関わりたくない。何か間違えてもう一度捕まり拷問を受けるのだけは避けなくてはならない。もう、この身体を一片たりとも失いたくはない。


「ああ、でも。同じ目に合わせたら、どう思うんだろう。もし楽しかったら……。」


 あいつと同じになってしまうのは、嫌だ。そう思いながらも、夢の中で殺した瞬間は爽快な気分で、下腹部が重く熱を持った気がした。今も何度も思い返して、その光景を忘れまいと本能が叫んでいる。

 湧き上がる情欲を抑える様に、自身の身体を抱き締める。けれども興奮は心を焦がし、幾度も不浄にまみれた穴は禍々しい肉を求めている。こんなもの、忘れていたはずだったのに。

 勝手に火照り続ける身体を落ち着かせるため、私は初めて自分で処理を行った。



 ギルドが新ダンジョンの存在を公表してから、一週間が過ぎた。だと言うのに、新米のガキ共は一人として戻っては来ない。普段他のダンジョンで低層を彷徨いているうだつの上がらない奴等もそうだ。


「エリックさん、どうしますか?」

「……Aランクを使う。」

「Aランク!? 絶対反発されますよ!?」

「仕方ねえだろ。いくら弱っちいからって、誰も帰って来やがらねえ。そんだけあそこはやべえって事だ。」


 部下のシィラは心配そうな顔をしているが、俺にはこの街の冒険者を纏めている責任というヤツがある。誰一人帰って来ない現状、半端な真似は出来ない。そこそこの強さの奴を送って戻って来ませんでした、では話にならない。無駄な犠牲は払うべきではない。

 普通のダンジョンであればここまではしなかった。ダンジョンには魔物も罠も宝もあるが、それでも自然に出来上がったものだ。最奥に存在するコアから離れる程に、それらの質は低くなる。

 何故そうなっているのかまでは諸説あるが、それは学者の先生方が考える事だ。俺達は理屈なんかよりも、現場に起きている事実を知っていれば良い。

 とにかく、余程実力不足か運が無いか、その辺りでなければ低層で全滅する事は有り得ない。例え死者が出たとしても、逃げ帰る奴が居るはずなのだ。

 だが、あの新しく発見されたダンジョン――ノールデケイヴは異常だ。ギルドが把握しているだけで、既に六十組以上のパーティが消息を絶っている。人数にして、二百八十七名。これだけの人間が全員死亡しているのであれば、それは明確な殺意が絡んでいると見て間違いない。

 その殺意がダンジョンによるものなのか、それとも人間によるものなのか。前者ならばまだマシだ。ダンジョン内の魔物は外に出てこないからだ。適当に封鎖でもして放置しておけば良い。

 問題は、後者であった場合。冒険者そのものを恨んでいるとか、そんな奴が行動を起こしていたなら収まりがつかない。場所はあのダンジョンでなくても良いのだから。ノールデケイヴに留まっている内に片を付けたい。

 俺の考え過ぎであればそれでも良い。そんなやばい奴なんて、居ない方が良いのだ。


「最近Aになった奴等が居ただろ。何つったっけか……。」

「ああ、シャハルマクの矢ですね。彼等も多忙なのでは?」

「他の奴等よりはマシだろ。流石に年単位は待てねえ。そいつ等に緊急依頼状出しといてくれや。」

「承知しました。」


 緊急依頼として出せば恐らく一月以内には来るだろう。他のAランクの奴等は緊急依頼が山の様に舞い込んできているだろうが、シャハルマクの矢は最近Aランクに上がったばかりのパーティだ。他よりも知名度は低い方なので、こっちに引っ張って来れる可能性が高い。

 それから、他の奴等に見張りの依頼も出しておかなければならない。中に人間が潜んでいるのなら、当然ながら入口から出てくるだろう。ノールデケイヴのダンジョン内がどうなっているかは判らないが、広い場所なら全員で散開すれば一人一人の生存率は高まる。その内の誰かが報告に戻って来れば進展もあるはずだ。まあ、誰も死なないのが一番だが。


「にしても、シャハルマクの矢、ねえ。随分と大層な名前付けたよなぁ。」

「英雄から取るなんて良くある事でしょう。昔のエリックさんだって……。」

「ありゃ俺が考えたんじゃねえよ!」


 昔のパーティ名を出されたら、何も言えなくなる。当時の仲間であるヴァイスという野郎が神職だからってやたら神々しい名前付けやがったのだ。いいや、そんな事はどうでもいい。

 古の勇者の仲間である時射貫ときいぬきのシャハルマク。その矢に射貫かれた者は時が止まる――つまり、確実に死ぬと言う事。

 大方リーダーの弓使いが冒険者になりたてのガキの頃に憧れて付けたんだろうが、ようやく名に相応しい実力者になれた、という所か。俺達は名前負けしたままだったから、少しばかり眩しくて羨ましい。

 そんな事をしみじみと思っていると、シィラがそう言えば、と口を開いた。


「彼等、誰も弓を使わないらしいですよ。」

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