第7話

 思えば、私は無意識の内にセオリーに縛られていたのかもしれない。不意打ちを決めた後、多対一とは言え正面から敵を攻めようとした。他にも、守護者などと言ってアクアゴーレムを生み出していたり。罠だって、相手の興味を引く物を設置していた。

 これでは駄目だ。いずれ限界がやって来る。冒険者の荷物持ちとして得た知識や経験を生かせていない。細部や規模の違いはあっても、以前付いて行ったダンジョンの模倣でしかない。

 これからは対人間のみを想定して考えていかなければならない。冒険者が来る可能性が高い事は言わずもがな、入口の大きさから言っても大型の魔物は入って来れず、人間に近い大きさの脅威になる魔物なんてそうそう居ない。

 私が目指すのはダンジョンの安全であり平穏。侵入されない事こそが最終目的と言える。実入りが無く危険ばかりのダンジョンだと判れば、少なくとも冒険者は来なくなるはずだ。まあ、金よりも名声を求める極一部の人間は来るかもしれないけれど。

 とにかく、どんなに強い人間でも確実に殺せる様な仕掛けが欲しい。ならば、必要なのは戦う力ではない。戦闘とは戦士の領域であるわけで、わざわざ相手の得意な分野に合わせるつもりは無い。だから強い魔物は要らない。


「……駄目だ、思い付かない。攻撃しないで殺すのってどうすれば良いんだろう。息をするのと同じくらい、当たり前に殺せる様な仕掛け――息?」


 これだ。私の知る限り、呼吸をせずに生きていける人間など居ない。

 まず思い付いたのが水。広大な水場と拘束手段があれば実現出来る。造り方次第でダンジョンの防御面も補えそうだ。

 もう一つ浮かんだ案は、空気その物を無くしてしまうこと。例えば、部屋を毒の霧で満たして清浄な空気を取り除くとか。急激な燃焼で空気を燃やしてしまっても良いだろう。どこぞの馬鹿が狭い洞穴で焚き火をして死んでいた、なんて話も聞いた事がある。物が燃える時、空気もまた燃えるらしい。


「造り易いのは水……ううん、どうせなら両方にしよう。」


 方針が決まった所で、ダンジョンを改築。まずは以前アクアゴーレムの居た部屋の手前に、もう一つ小部屋を造った。

 小部屋の中央には水で満たされた穴を、正面には如何にも人工物と言った扉を設置。ただし、これは罠の一つだ。扉の向こうには壁しか無い。

 ドアノブに触れると入って来た方の通路にダンジョンの壁と同色の岩が出現し、侵入者を丸ごと閉じ込める。開けるためには小部屋から生命反応が無くならなければならない。つまり次の部屋に進むか、全員死ぬしかない。

 また、同時に毒々しい紫色の煙が天井から噴出し始める。時間を経る程に部屋の中は煙で満たされていく。そしてこれは、侵入者達を水中に逃げ込ませるための物でもある。因みにあからさまな見た目だが、全くの無毒。ただし、可燃性だが。

 霧の噴出を止めるには、小部屋中央の穴に潜るしかない。大人三人分程の深さを潜れば水底のスイッチに届くので、これを押せば良い。霧が止まると同時に火花が散って発火するけれど。

 そしてこの水底のスイッチは同時に次の部屋、旧守護者部屋への道を開くための物でもある。スイッチのすぐ横の壁が動き、地下水路が現れる。これは次の部屋まで繋がっているが、当然構造は迷路状になっている。更には水に擬態したアクアスライムが至る所を泳いでいて、複数体に拘束されれば溺死は確実。

 ここまでやって突破されたら私の負けだ。悪あがきにその場で魔物を生み出すしかない。まあ、その手すら今は使えないけれど。最早迷宮力は殆ど残されていない。構造の改修自体は大した事はなかったが、あの可燃性の煙を設置するために半分以上使う事になってしまい、弱い魔物とは言えスライムを五十体も生み出したからだ。

 出来る事なら私の部屋は完全に切り離してしまいたかったけれど、そう上手くは行かない。少し試してみたが、息の詰まる様な感覚に襲われたのだ。どうやら外に漂っている魔力を取り入れる必要があるらしい。仕掛け扉による密閉は平気なのに、わけが分からない。

 しかし、まあ、それにしても。


「く、ふふ。折角楽に死ねそうだったのに。」


 やはり私は自らを殺せない臆病者なのだ。少しの間、自嘲は続いた。

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