第6話
私は新たな魔物を生み出した後、戦いの様子を見守った。闘技場の観戦者にでもなった気分だ。あの三勢力では賭けにもならなさそうだけれど。
人間二人組が勝てば、必然的に少女も発見される。その時こそが最大の隙となるだろうから、そこを強襲する。一人でも葬れればこちらがかなり有利になるはずだ。
私が仕込みをしている内に、二人組は外の魔物を粗方片付けていた。
『あれは、まさか。』
『クソッタレダンジョンが! 酷え事しやがるぜ……!』
『ああ、最悪だな、こいつは……!』
「酷い! あいつらは私の魔物じゃないのに!」
股から赤と白の液体を垂れ流している少女を見付けた男達は
腹の立った私は口の悪い男に魔物を嗾けた。当然、先に考えたタイミング通りではあったけれど。
『ぐっ……クソが! おい、ルーチェを連れて逃げろ!』
『馬鹿を言うな、そいつも倒せば――』
『俺等じゃ無理だっつってんだ!』
男は通路の影から飛び出した魔物――シャドウリッパーに腹を斬られた。即死はさせられなかったが、致命傷だ。放っておくだけでも失血死は免れない。
そしてシャドウリッパーは影の魔物。普段は影その物であるために剣などの物理的な攻撃は効かず、攻撃の瞬間にのみ実体化する。つまり、大して魔法の使えない者にとっては最悪の相性なのだ。
彼等がダンジョンで使っていたのはフォローイングライト――松明代わりの魔法だけだ。
もっと上位の魔法を扱えるのであれば、ゴブリンやワイルドウルフの群れを広範囲魔法で薙ぎ払っているだろう。捜索と救出を目的としている彼等に、時間を掛けている余裕は無いのだから。
つまり、彼等の扱える魔法は極めて初歩的なものから敵単体を対象とするものまでとなる。魔力の矢を飛ばす魔法や炎の塊を飛ばす魔法が精々と言ったところか。その程度ではこちらの勝利は揺るがない。
「逃がしませんよ。シャドウはその子だけじゃあない。」
『増えやがった……!
おい、さっさと行け! 囲まれちまうぞ!』
『済まない、ヴァイス……! ニンブルステップ!』
「あっ、ちょっと!」
もう一人の男は魔法を唱えると、突風の様な速さで少女を回収して逃げていった。あっという間にダンジョンから脱出している。
私のミスだ。こちらが負けない事を優先していた所為で攻撃魔法に意識を割かれ、補助魔法の事を失念していた。前衛の戦士ならばこちらを扱う方が多い事も知っていたはずなのに。
逃がしてしまったものは仕方が無い。残った方を確実に殺す。三体のシャドウリッパーを三方向から突撃させる。しかし、その刃が届く前に男は動いた。
『タダじゃ死んでやらねえ。テメェらもブッ殺す。
次の瞬間、私は部屋の壁に打ち付けられた。全身が痛い。何だ、一体何が起きた。
「うぅ……。やられた、本当にやられた。皆死んじゃってる。」
シャドウリッパー達は消滅していた。それだけに留まらず、上空を飛んでいたミストフライも全滅。奥の部屋に居たはずのアクアゴーレムは核の部分が砕けている。生み出してから全然出番の無い内に、皆死んでしまった。これはむしろ、私が生きている方が奇跡に近いのかもしれない。
あの男も見当たらないが、死んでいる事は把握出来ている。一度に多くの迷宮力を得た感覚があったからだ。状況から考えるに、彼が行ったのは自爆。そのため、肉体も消滅したのだろう。残されたのは粉々に砕けた装備だけだ。
奥の手くらいは持っているだろうとは予想していたけれど、ここまでとは想定外だ。爆風が最奥に居る私の元まで届くだなんて。あの様な魔法は見た事も聞いた事も無い。まさか命を代償に攻撃してくるとは、人間の戦士は本当に油断ならない。
ダンジョンの被害は甚大だ。まずは立て直さなければ。それから、外の見張りも必要になる。逃がしてしまったもう片方の所為で、このダンジョンの存在は露呈するだろう。きっと、やってくる侵入者の数は非常に増える。今までの様に侵入されてから気付くのでは遅いのだ。
残された迷宮力52000でどうにかしなければならない。
◇
ダンジョンから脱出した俺は、ルーチェの手当て等をしてから村に戻った。流石に他の連中にまで、酷い目に合ったと一目で判る女の子の姿は見せられない。
この村でまともに戦える人間は俺とヴァイスだけだ。だからこそ、行方不明になった子供達の捜索を頼まれたのだ。ヴァイスも無事に戻ってくれれば良いのだが。あいつも抱えて逃げる事は出来たのかもしれないが、当然走る速度は大幅に落ちるし確実ではなかった。ヴァイスの判断は正しかったと思う。
村に戻った俺はゼトとロイは見付からなかった事、ヴァイスがまだダンジョンに留まっている事、それからルーチェが魔物に寄生されている可能性がある事を報告した。ヴァイスが生きて戻れるか怪しい事や、特にルーチェの件は、ありのままには言えなかった。もしも魔物の子を孕んだと知られてしまえば迫害の対象になるからだ。最悪の場合、殺される。
ルーチェの両親は娘の無事を喜んでいたが、彼女が何の反応も示さない事を嘆いてもいた。心が死んでしまっているのだ。ゴブリン共に犯されていた事もあるが、もしかしたらゼトとロイが死ぬ所も見てしまったのかもしれない。
翌朝、俺はルーチェと共に旅立った。街まで行って、教会を訪ねるためだ。あそこなら、産まれる前のゴブリンを殺してくれる。寄生した魔物を取り除くためだと言えば、村の連中は納得してくれた。
ルーチェは自分で動こうとはしないので、俺が背負っていく事になった。食事は口元に持っていけば食べてくれるので、そこは楽な方だった。こんなおっさんと口移しだなんて嫌だろうから、せずに済んだのは良かった。
旅は順調だった。魔物や盗賊も現れなかったし、伝令時代に身に付けたニンブルステップを使い続けたので三日で街に、教会まで辿り着いた。
ただ、ゴブリンは成長速度が非常に早い。ルーチェの腹は既に服の外からでも判るくらいに膨らんでいた。時間はあまり残されていなかった。
すぐにでも処置してもらうように頼むと、神官達はルーチェを奥の部屋に連れて行った。外部の人間は入室を禁止されているので、俺は部屋の外で待つ事しか出来ない。殆ど無音だったからか、その声ははっきりと俺の耳に届いてしまった。
「やめて……。あたしの赤ちゃん、殺さないでぇ……。」
あの場で、ルーチェに止めを刺してやる事も出来たはずだ。俺達の判断は、正しかったのだろうか。
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