第8話

 新たに現れたダンジョンの調査。それは低ランクの冒険者にとって、非常に魅力的な依頼だった。

 内部の地図を書くだけでも金になる。出現する魔物や仕掛けの情報も高く買い取って貰える。そして、ダンジョンの財宝。まだ手付かずのダンジョンなのだから、入口から近い場所でも財宝が手に入る可能性は高い。運が良ければ、一生を遊んで暮らせるほどの莫大な富を得られるだろう。

 そうして、彼等は次々に新たなダンジョンへと旅立って行った。その胸に夢を抱いて。

 ――そのまま、帰っては来なかった。



「やり過ぎたかな。ううん、やり過ぎな方が良いよね。あ、これ一緒に食べると美味い。」


 冒険者の持っていた干し肉にダイゴミルクを乗せて食べると、甘じょっぱくて美味だ。私の食生活には塩が足りなかったのだなと、しみじみ思う。あとで岩塩の鉱脈でも造っておこう。

 以前の戦いから二週間ほどが過ぎた。あれから何事も無い日々が続いて逆に暇だったのだが、今日は侵入者がやって来た。それも大量に。

 装備などから察するに大した実力も無い(当然、生身の私よりはずっと強いだろう。)人間達だった。きっとランクの低い冒険者だろう。小部屋の罠に掛かって怒り出した時は少し怖かった。すぐ大人しくなってくれたけれど。経験豊富な冒険者や兵士だったらもっと冷静に判断を下していただろう。


「どうしてもあの人達と比べちゃうなぁ。あまり思い出したくないんだけど……。」


 以前私が荷物持ちをしていた冒険者パーティのランクはBだった。上から数えて二段目の実力者だったのだ。対策が無ければ殺せる様に設計したものの、流石にあのくらい高ランクの冒険者が来たら何かしらの手段で突破して来そうな気がする。

 兵士や傭兵などは知らないが、冒険者には強い者程群れないという性質がある。その方が報酬の取り分が多いからだ。

 例えば討伐に低ランク冒険者百人が必要な魔物を高ランクの者が一人で狩れば、単純に考えて報酬は百倍だ。これに限らず、冒険者というのは報酬を非常に重視する。彼等にとって新ダンジョンの調査など端金にしかならない。高ランクの冒険者が来るとすれば深層の調査、または金になる物が報告されてからだ。今の段階では、せめて救助依頼でも無ければ割に合わないだろう。

 つまり二、三日の間はそう言った強い人間は来ないだろう。それでもやはり今後の事を考えて、今のラッシュが落ち着いたらダンジョンの更なる強化を行いたい。

 現在の迷宮力は100万を超えている。三十人程が死んでいるので、一人辺りだと大体30000を超えるくらいだろうか。当然、個々のばらつきはあるけれど。どのくらいばらついているかと言えば、下は20000、上は40000近くとかなり幅が広い。

 こう言ったばらつきは、生命力の差を表している。一言に生命力と言っても、寿命や健康度と言ったものだけではなく、肉体の強さや技術の高さ、魔法の熟知に単純な頭の回転の早さ。逃げ足も直感も観察力も生命力に入るし、果てには産まれ持った運なども関係してくる。ここまで様々な要素が入り交じると、生命力と言うよりは生存力と言った方が正確かもしれない。


「無駄に生き延びてるし、私もそこそこ高いのかも……?」


 そうだとしても嬉しくは無い。細い癖に丈夫な身体を恨む。

 まあ、それよりも。侵入して来ては溺れ死ぬ冒険者達に意識を傾ける。どうやら水を使ったのは間違いでは無かった様で、そのほとんどが溺れ死んでいた。重い武具が水中での動きを阻害し、スライムに気付き武器を振っても勢いを殺される。魔法を使おうにも、そもそも水中では詠唱出来ない。想像以上に敵の行動を封じる事が出来た。

 中には水中を進む人間と小部屋に残る人間に別れるパーティも居たけれど、あの可燃性の煙に火が着く事で、喉の奥まで焼かれていた様だ。時には充満し過ぎて爆発が起きた事もあって、あれには私も驚いた。結果としては狙い通りと言うべきか、小部屋に残った彼等は仲間の手で死ぬ事となった。


「人が来るのは嫌だけど、来たら贅沢出来るのは良いなぁ。来なくなるまで続けたら、遊んで暮らせるくらいになるのかな。」


 瑞夢ずいむいざなうベッドに座りながら、クリスタルグラスに入ったエルペシードルを飲む。爽やかな香りと炭酸が、口内の塩気を流してくれる。

 酒はエール以外飲んだ事は無かったけれど、こんなに美味い物があったなんて。酒樽からは無限に湧いてくるし、永遠に飲めてしまいそうだ。

 こういった飲食物や日用品は人間の世界では高価な物でも、ダンジョンの宝としての価値は低い。勿論、人間から見た価値ではなく、消費する迷宮力の話だ。

 これが武具や薬毒の類いになると、途端に使用する迷宮力が莫大になる。ベッドが1000くらいなのに、斬れ味の落ちない鋼の長剣なんて30000も使う。低ランク冒険者一人分だ。試しに思い浮かべただけで、実際に生み出してはいないけれど。

 やはりダンジョンとは戦いの場なのだと考えさせられるが、ダンジョン内で暮らす私には好都合だった。私自身が戦うつもりも無ければ、侵入者に恵むつもりも無い。私の生活を豊かにする分だけなら、大して消耗しないのだ。

 それに、例えばこれから先。魔物に武器を持たせるのであれば、それはもう生み出す必要も無い。今回で十分な量の装備品を仕入れられたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る