第3話

 今日も今日とてエルペの実に齧り付く。甘味と酸味が口の中に広がる。芳醇な香りが鼻腔の奥から通り抜けるのを感じた。


「美味い。でも、飽きてきちゃったな。酒場の飯が恋しいね……。」


 ダンジョンを改造してから、既に五日が過ぎた。人も魔物も現れず、その間に私に出来た行動はエルペを食べるか寝るかくらいのものだ。外敵が来ないのは実に平和で素晴らしいと思うが、迷宮力を得られないのは少しばかり問題であった。

 人間とは欲深いもので、それは私も例外ではない。幼い頃を思えば毎日食べられるだけでも贅沢なものだが、連日エルペだけの食事に飽きてしまっている。他に美味い物を知っているからこそ、という事もあるかもしれない。

 しかし他の宝を生み出そうにも、残された迷宮力は僅かである。それを得るには敵を殺さなければならない。

 コアと完全に繋がっている私が外に出て適当な何かを殺して吸収する、という手も一応使える。だが武器も無ければ鎧どころか服も無い。戦いの経験も有りはしない。そもそも外になど出る気は無い。要するにこの手段は余程の事が無い限り取りたくないのだ。


「それにしても、本当に何も来ないな。……馬車で来たって事は、近くに道があるはずなのに。」


 普通に考えて、いつダンジョンの入口が発見されてもおかしくないはずなのだ。確かに見た目はただの洞穴の様にも見えるだろうが、一度入ってみればダンジョンだと解るはずなのだ。


「そっか。入らなきゃ解らないよね。だとしたら冒険者が来る可能性は低いか……?」


 精々、近場の村の人間が迷い込むくらいだろう。行商人辺りは頻繁に通るかもしれないが、彼等はダンジョンなど気にしない。それよりも外の魔物や野盗の方に気を割くだろう。

 魔物が来ないのも気になる。確かに街道付近に現れる事は少ないが、ゼロではない。更に言えば、ここは道行く人を狙える格好の隠れ場として使えると思うのだが。

 少し外敵の存在を危惧し過ぎていたのかもしれない。全く、平和な生活を望む癖に何も起きないと退屈を感じる自分に辟易とする。やる事が無さ過ぎるというのも問題だと感じた。



 農作業の手伝いを終えて飯を食った後、俺達三人はいつもの様に集まっていた。


「ふっふっふー。」

「何だよ。変な声出すなよな。」

「また何か思い付いたの?」


 わざとらしく笑うルーチェに、俺は眉を顰める。ゼトの奴は呆れた様な声色でルーチェに訊ねた。


「なんと! 洞窟見付けちゃったんだよ!」

「……マジ? マジでか?」

「マジよ! 探険行こうよ探険!」

「っしゃあ! でかしたルーチェ!」

「もっと褒めろー!」

「えぇー……。僕は怒られたくないんだけど。」


 盛り上がる俺とルーチェを尻目に、ゼトは嫌そうな顔をしていた。大人達に怒られるのは俺も嫌だけど、それでも行くのが男ってものだろうに。


「ゼト、良いか、よく聞け。俺達はダチだ、仲間だ。お前だけ仲間外れになんかしないぜ。」

「良い事言ってるみたいだけど巻き込みたいだけだろ!」

「だーいじょぶだいじょぶ。怒られる時だって、一緒だよ?」

「怒られそうな事を言い出したのはルーチェじゃないか……! ああもう、分かったよ、行くって!」


 何だかんだ言って付き合ってくれる。ゼトは良い奴だ。

 俺達は冒険者を夢見ている。俺はこんな農村で畑仕事して一生を過ごすなんて御免だ。

 だからルーチェにも感謝している。トラブルメーカーである事には間違いないが、こうして色々と見付けて来てくれるのだ。冒険者になるのなら、洞窟くらい軽く潜れる様にならないと。


「にしても、よく見付けたよね。誰も知らないんでしょ?」

「多分ねー。あ、ほらあそこ!」

「……前にこんなのあったか?」

「無いと思う。不思議だよねー。」


 村を出てすぐの、割とよく通っている道の片隅に、洞窟の入口がぽっかりと開いていた。今まで噂にすらなっていないのは、つい最近出来たという事だ。地震か何かで土が崩れたのだろうか。

 松明を灯して入ってみれば、中は酷く奇妙に感じられた。


「何だ、この……空気? 変な感じだ……。」

「何だか、僕等だけが別の世界に来ちゃったみたいな……そんな感じがする。」

「うん……。あたしも初めて入ったけど、外と全然違う。」


 おかしな雰囲気に飲まれそうになりながら、俺達は奥へ進んだ。いくつもの別れ道があって迷いそうだったが、ゼトが目印代わりに麦藁を少しずつ落としていた。取り出した時は変な物持って来る奴だなと思ったが、今は納得している。俺には思い付かなかったし、やっぱり頼りになる奴だ。

 道はルーチェに選んで貰っている。こいつに任せれば何かを見付けてくれると信じているのだ。それが良い物か悪い物かまでは分からないのだが。

 俺は俺で警戒くらいはしているが、魔物でも出て来ないと出来る事は少ない。腕っ節には自信があるのだが、他はからっきしなのだ。腰の木剣を振るう時は来るのだろうか。

 そんな風に探索をしていると、ついに発見があった。それは如何にも宝箱と言った見た目をしていた。


「ねえ、これダンジョンじゃない? もう戻ろうよ。」

「ああ、そうだな。こいつはやべえ。ルーチェもそれで良いか?」

「うん。でもさ、あの箱だけ開けてみない?」


 その提案はとても魅力的だった。

 ダンジョンは魔物の巣であり、罠の宝庫だ。命の保証など全く無い。今すぐに来た道を戻って、村へ帰るべきだ。

 それでもダンジョンには抗えない魅力があるのだ。それが宝箱だ。もしもあの中に、伝説みたいな物が入っていたのなら――俺達はとんでもない名声と金を手に入れられる。王様にだって直接会って、献上出来たりするかもしれない。


「罠があるかもしれないよ。」

「やめろって言わないんだ?」

「そりゃ、あれは僕だって気になるよ。」

「じゃ、ゼトが乗り気な内に開けちまうか。」

「気を付けてよ。矢が飛んでくるかも。」


 二人を後ろに下がらせて、俺が開けることにした。リスクを下げるためだ。何も全員が危険を冒す必要は無いし、一番丈夫な俺が罠に掛かった方が生き残り易い。

 満を持して宝箱を開けると、罠らしき物は無かった。中を覗き込めば、そこは暗闇だった。


「何だよ、空っぽじゃねえか――」



 パニックに陥ったあたし達はその場から逃げ出した。首から下だけになったロイを残して。

 宝箱自体が罠だった。ロイが中身を確かめていると思ったら、蓋が勢い良く閉じたのだ。そして、ロイの頭はダンジョンの宝と化した。


「ああ、畜生、どうなってるんだ……!」

「ごめん。あたしの所為で……。」

「そうじゃない、僕達皆が悪かったんだ。でも、どうしてなんだ。なんで麦藁が無くなってる……!」


 滲んだ視界で足元を見れば、ゼトが落としてきた麦藁の目印が途切れていた。何度も道を曲がったし、全てを覚えているはずもない。入口まで戻るのは、絶望的だった。


「……仕方ない。ルーチェ、道を決めてくれ。」

「でも、またあんな事になったら!」

「大丈夫さ、ルーチェの勘を信じているんだ。僕も、……ロイも。」


 ゼトはあたしを責めない。責めて欲しかった。お前がこんな洞窟を見付けたから。お前が宝箱なんか見付けたから。お前の所為でロイは死んだ。お前が殺したんだ。そう言って欲しかった。

 目の前で幼馴染みの友達が死んでしまった。死なせてしまった。罪悪感は時間と共に重くのしかかってくる。涙はまだ、止まらない。


「しっかりするんだ、ルーチェ! 僕達は、ロイの分まで怒られなきゃいけないんだぞ!」

「……うん。そうだよね。あたし達、絶対に怒られなくちゃだもんね。」


 それで、ロイだけは許して貰えたら良いなと思った。

 何度も別れ道を選び取って進む。進んでいる内に、前にも通った様な気がして頭がおかしくなりそうだった。

 そしてようやく見付けたのが、一つのレバースイッチだった。岩肌に生えた、不自然極まりないものだった。

 余りにも怪し過ぎて、押す必要は無いだろうと話し合っていたが、ゼトは少し考える素振りを見せると、口を開いた。


「……僕がやる。何かが起きるかもしれない。」

「何言ってるの? 駄目だよ! 」

「ルーチェの勘を信じて、あれを見付けたんだ。僕は最後まで信じるよ。」

「だったら! やるならあたしがやる!」

「馬鹿だなあ。こういう時は男が前に出るんだ。……なぁ、そうだろ?」


 あたしにそう言った後、ゼトは虚空に語りかける様に呟いた。その姿を見て、あたしは何も言えなくなった。

 息が、鼓動が、小刻みに速くなっていくのが分かる。レバーに手を掛けたゼトの身体は、震えている様に見えた。


「……ねぇ、もし僕まで死んじゃったらさ。ちゃんと三人分怒られてくれよ。」

「そんな事言わないでよ……。あたしと一緒に帰ってよ……。」


 困った様に笑いながらあたしを見て、ゼトはスイッチを起動した。大袈裟にも思える音が響いた。あたし達の側面の壁がゆっくりと迫ってくる。


「ごめん、無理みたいだ。触った時には外せなくなってた。」


 ゼトの手はレバーにくっついているらしく、反応を見るに簡単には取れそうもないらしい。ならば二人の力で引っ張れば、痛い思いはするだろうけれど、何とかなるかもしれない。私はそう思って駆け寄ろうとした。


「来るな!」

「二人でなら外れるかもしれないでしょ!」

「そんな時間は無い! 早く行け! 走るんだ!」

「……っ! ごめん!」


 ゼトを残して、あたしは逃げ出した。絶対に生き残って村まで戻る。そうじゃないと、ゼトの覚悟が、想いが、無駄になってしまう気がした。

 走って、走って、壁が動いていない場所まで走り抜けた。四つん這いになって息を整える。

 背後から叫びが聞こえた。


「ううああああああ……! 嫌だあああ……! 死にたくない! ごめんなさい! 殺さないで! ごめんなさいいい……!」


 あたしは耳を塞いで蹲った。それでも、壁が反対側まで届く音が聴こえた。涙は止まる気配を見せなかった。

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