第2話

 目覚めて初めに気付いたのは、手があるという事。私はうつ伏せに倒れていたらしく、前方に投げ出された腕が視界に入った。


「手が、ある。眼が、見える。声が、出せる。耳が、聴こえる。」


 一つずつ確かめる様に、喉を通して事実を口にする。何が起きたのか私には全く理解の及ばない事だが、酷く損壊した身体が傷の一つも無く完治したのは間違いない。苦痛から解放されたのは喜ぶべきだが、私の心は到底晴れやかとは言えず、諦念で埋め尽くされていた。


「……死なせてもくれないのか。どうせ、また同じ目に遭うんだろうなぁ。」


 以前は着の身着のままスラムで暮らしていた事もあったが、今は服すら無い。他者に情欲を抱かせてしまうと思えば、この状態で人前に姿を見せる事など出来なかった。

 それに、出来るのならばもう人と関わり合いになりたくない。あの悍ましい拷問を興奮しながら行う男の元には二度と戻りたくないし、誰かを信じても裏切られる事を知ってしまったから。

 だからと言って、死を願ったにも関わらず、私には自害をする勇気も無い。もう一層の事、ここで一生を過ごしてしまおうか。しかし、ここは一体何処なのだろう。そう、ここは。洞窟の中の様にも見え、地面は岩で出来ている様だが不自然に真っ平ら――私は今、何を考えた?


「……何でダンジョンだと判った?」


 このダンジョンのコアが私だから――知らなかったはずの情報が感覚的に浮かんでくる。まるで記憶の底に最初から置いてあったものを唐突に思い出すかの様に。

 目覚めた直後は気付かなかったが、このには私以外に、もう一つだけ存在しているものがある。それは掌大の宝玉の様に見える、このダンジョンのコアだ。コアは私の身体と完全に同調しており、その両方が私であると確信を持って言える。

 何故この様な事になってしまったのかまでは解らないが、生きていくのであればやるべき事がある。ダンジョンの強化である。これを続けていけば、私の望みは叶うはずだ。

 ダンジョンとは迷宮であり、魔物の巣窟であり、宝物庫である。すなわち、強化を施す程に侵入者は最深部に居る私の元に辿り着きづらくなり、宝を生み出す能力により私の生活は豊かになる。

 強化のためにはダンジョンとしての体力や魔力のような――迷宮力とでも呼ぶべきもの、それを使う。

 迷宮力を高めるにはダンジョン外の生物を殺害、もしくは滞在させる必要がある。殺害する方が一度に多くの迷宮力を得られるが、長期間の滞在ともなればそれよりも多くなるだろう。例えば、群れで行動する魔物が入口付近に住み着くのであれば、見逃すのも視野に入れても良いかもしれない。 

 しかし今は私の安全のため、コアを守るために出来る限り殺してしまった方が良いだろう。今は大した事は出来ないが、侵入者を一体ずつ確実に殺す手段を考える。

 コアとしての感覚から言えば、現在の迷宮力を数値に換算すると大体3500と言ったところ。弱めの魔物を生み出すのに必要な分は100程度。桁が多過ぎて頭ではよく分からないが、感覚を頼りに計算することは出来そうだ。

 まずはダンジョンの構造から変更する。入口から真っ直ぐ歩いて最深部、などと言う初期構造ではあまりにも心許なかった。いくつもの通路と罠を造り出し、多少は迷宮らしくなった。

 残りの迷宮力は300程度。これで私の部屋である最深部に、一本の果樹を設置した。既に実っているエルペの果実は赤く熟して瑞々しい。一つ採ってみれば、そこから新しい小さな実が現れた。宝として生み出したためか、外の物よりも圧倒的に成長が早い様だ。当面の食料と水分はエルペが頼りとなる。


「準備は出来た。私はダンジョンを守ってみせる。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る