ブロークン・ダンジョン・コア

清水悠生

第1話

 地獄と言うものがあるとするなら、正にこの現世の事だと思った。

 振り返ってみれば、私の人生は酷いものだった。

 親も無く兄弟分は簡単に死に殺され、幼い時分に人買いに拐われ、売られた先で散々犯され、ようやく逃げ出せたと思えば金も無く結局自ら身を売る羽目になった。

 表の世界で生きられるという希望を持って、少ない金を必死で集めた。甘かった。私にはまともな仕事など残っていなかったのだ。金を得る手段に身を売る以外の経験などしてこなかったのだから、当然だった。大して字も読めず勘定も出来ず、身形もスラム丸出しの人間など信用も価値も無いのだ。

 最終的にはまともではない仕事、魔物を狩る冒険者――の、荷物持ちに落ち着いた。とある冒険者のパーティに身の上を聞かれたので話したところ、同情されて勧誘を受けたのだ。

 この頃が人生で一番、安らかで楽しいと思える時期だった。当然命の危険は付き纏うが冒険者達が守ってくれるし、生きて街へ帰れば褒めて貰えた。他の荷物持ちも親切に仕事を教えてくれた。報酬も、実際に戦う冒険者達に比べれば少ないものだったが、十分な額を受け取れた。ただ、自分の一晩の価値がどれほど低かったのかを思い知らされた。

 私はいつしか、彼等の事を仲間の様に思っていた。私は戦えないが、共に危険な仕事をして共に酒を飲み共に騒いだ。どれも新鮮で、輝いていた。そんな日々が続き、このまま続いていけば良いと思っていた。

 ある日、彼等が受けてきた仕事は遠征任務。片道で一月掛かる道程を行き、一月の間魔物を狩り続け、また一月掛けて帰還する。それに私も連れていきたいと言われ、私は深く考えずに了承したのだ。何故他の荷物持ちが居なかったのかを、もう少し考えていれば良かった。

 仕事自体は順調だった。倒す魔物自体はそれほど強くは無いらしく、彼等にとっては雑魚も同然だった。拠点専属の荷物持ちも居たので、私はいつもより楽が出来た。代わりに他の仕事が出来た。性欲の処理だ。

 私は毎晩の様に彼等に犯され、時には他のパーティの人間にも貸し出された。彼等は私を貸す際に受け取った酒を嬉しそうに飲み交していた。肉を打ち付けられながらその輪を見つめる事しか出来ない私は、やはり仲間ではなかったのだと悟った。

 街に戻ってからも、それは続いた。箍が外れた様に、私はいつでも使える性処理道具と同然に扱われた。他の荷物持ちも一緒だった。彼等と一緒に私を犯し続けた。私には仲間なんて、一人も居なかった。

 それでも昔よりはマシだと自分に言い聞かせながら日々を送っていれば、とある貴族から呼び出しを受けた。というより、そのまま屋敷へ連行された。冒険者達は、助けてはくれなかった。

 屋敷は見覚えのあるものだった。かつて私が売られたところだ。どうやら逃げ出した私を見付けて連れ戻したらしい。

 再度私の主人になった男は仕置きと称して拷問を行った。爪を剥がされ、鞭で打たれ、焼き鏝を当てられ、水に沈められた。四肢を失い、耳を削られ、眼を抉られ、喉を焼かれた。きっと酷い姿になっているだろう。それでも時折訪れる感覚から、未だに男が私に欲情している事が解った。

 やがて飽きたのか、どうやら私は棄てられたらしい。馬車らしき振動を感じた後、ゴミの様に投げ捨てられたのだ。

 最早私に出来る事など何も無い。餓死を待つか、獣か魔物に食われるか。どうせなら殺してから棄ててくれればいいのに、その慈悲すら与えられなかった。

 痛みは遠い。苦しみは鈍い。走馬灯とも呼べる自らの半生を振り返る。この酷くろくでもない人生の最後に、ほんの少しだけ安らかな休息を願う。せめて、眠っている内に死ねますように。

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