5

 町内にある神社の屋根の上に。

 小山のような大きさの白い毛皮の大ねこがいた。しっぽが十本。

 赤い目をにやりと笑って細め、舌なめずりをする。


「どこの町も、よく仕上がっているようだこと」


 ひそかに土地を巡り、住んでいる化けねこの力を食べる予定の町は百を超える。そして、どこの化けねこたちもおいしかった。


「強い化けねこになるには、条件がある」


 まず、長い年月を生きること。しっぽが分かれてくるほどに。


「それに、身近な人間の〈念〉に憑依されること」


 伝承に伝わる、怪異を起こし人間を食い殺したという化けねこは、長い年月を生きた上に、非業の死を遂げた人間の無念がねこに取りついてできたものである。


「近ごろの化けねこは、深い怨みや復讐に取り憑かれたものは少ない。

 それも、わらわの仕事がしやすかった理由。人間を取り殺すような攻撃力が、とんとないんだから。

 だから、さっき逃げていった一匹が気になるけれど、なんてことはない。

 これから人間に助けを求めても、ほかのねこに助けを求めても、あとで助けに来たものごとみんな食べてしまえばそれで済むこと……おや」


 風に乗って、いやな匂いが。


「まさか、この憎らしい匂い。もう追ってきた?

 ええい、二度と封じられてなるものか!」


 赤い目は燃えるようにらんらんと、耳まで裂けた口からは長い牙がぎらぎらと光る。


「封じられる前に、あの一族の者を喰らってやる!」


   * *


「タマはねえ、たのまれたんだねえ」


 化けねこになるとはどういうことなのか、ぽつりぽつりと話すうちに、タマは言った。


「お父さんに、みんなをよろしく、って。そうおねがいされたんだねえ」

「お父さんが」


 タマはお父さんが子供の頃からいっしょだったという、長生きしすぎのねこだった。でも、なかなかしっぽが分かれなかったんだって。

 お父さんは、一昨年病気で亡くなったんだ。

 それからもタマは普通のねこだったけど、こないだようやく化けねこになったということは。


「怨みの強い心だと、すぐに化けてしまうらしいんだけど、強いけれど優しい気持ちは、化けるまで時間がかかるそうなんだねえ」


 タマの中には、お父さんの心が入っていたのか。


「そうだったんだ」

「そうだったんだねえ」


   * *


「ここだろうなあ。もう妙な妖気でいっぱいだ。

 まあ、俺には霊感はないんだけどな!」


 長距離バスから降りた誰かが、そうつぶやいた。


「知らないあいだに劣化した封印が解けて、しかも何年も放置されていたなんて。うちの親類は適当なやつばっかりだよなあ。

 ……さてさて、有給使える間に、なんとかしなきゃなあ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る