又吉が話を続けた。


「マチコちゃんがですね。遠くに行ってしまうそうなんです」

「えっ」

「とはいえ、まだ予定ですがね」


 タマは、そんなうわさは聞いていなかった。


「まだ、学校にもお伝えしてはいないそうなんですがね」


 マチコちゃんについて、タマが知っていることといえば。


「たしか、ダンスが上手だったねえ」

「そうなんでございますよ。

 それでですね、」


 マチコちゃんはこの間、体育科のある高校の付属中学の入試に挑戦すると決めたのだそうだ。


「どこにある学校なのかなあ」


 聞くと、ずいぶん遠くだった。


「合格して、小学校を卒業したら、叔母さんの家から通うということなんですよ。

 まだ先のことですし、その通りになればめでたくうれしい話ですけれど、」

「ははあ」

「おシマさん、赤ん坊のころからお嬢さんを見ていらっしゃるから、なんともいえない気持ちになっていなさるんでしょうなあ」


 おシマさんは、さみしくなってしまったのか。


「しかしまあ、それで広場があんなにせまくなってしまうとは、弱っちまうなあ。集会の日なのに、七本しっぽがそんなことじゃあ、しめしがつかないというものなんだがなあ」


 飼い主の家族が遠くへ行く話が決まっただけで、大事な集会の場所をあんなにしてしまうなんて。


「小さなことでああなってしまうのは、まさしくおシマさんが我々の中でも特に力があり、すぐれた化けねこであるあかしではあるんだが、ここが弱みでもあるんだなあ。しっかりしていただきたいところだなあ」


 おシマさんの化けねことしての値打ちを、タマは言う立場ではないのでだまっている。


「おシマさんは、とてもお優しいんでございますよ。

 美容室では、ひいきのお客も大勢いらっしゃるんですから。今夜のことは、そのお優しさゆえでもありますよ」

「惜しいことだなあ」


 アオがうなる。


「大寅吉さんもグレイさんも、おシマさんをなだめるばかりで何もできないときた。

 これじゃあ我々の計画も進まないんじゃあないかね」


 タマはだまっていたのだが、ようやくそこで言った。


「おシマさんのご機嫌は、つぎの集会までには落ち着きますかねえ」

「なんだいなんだい。

 タマよ、お前さんも普通の言葉しか出ないようだな。

 それより少しは上手くなったのかい。肝心のおシマさんが、ああした理由でくじけなさるんじゃあ、その間に俺たちも少しはふんばらないと、いつまでたってもいけないぜ」

「タマさん、近ごろの成果を見せてくださいよ」


 タマは困ってしまった。


「……じゃあ」


 神妙な顔をして。


 くるり。


 宙返りをひとつすると、


「おや。こないだもそうでしたが、まだしっぽがかくせていらっしゃらないんですねえ」


 夜中の公園で。

 この間、じゅくのお迎えで商店街を歩いていたおじさん姿のタマが、てれて頭をかいている。


「ははは」


 又吉が宙返りをすると、


「ざっとこんなもんでございますよ」


 そこには商店街のお肉屋のおじさんがいた。


「それ、」


 アオが宙返りをすると、


「やれやれ。明日の商売にさしさわるから、おれたちもそろそろ帰るとするかね」


 クリーニング屋の名前の入った上着を着たおじさんがそこにはいた。


 化けねこたちは、閉める店が増えてさみしくなった商店街や空きビルをねらって、少しずつ人間の世界に入り込んでいるらしいのである。

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