ヤマガタくん、それから話してくれた。


「昨日の放課後さ、」

 

 放送クラブのメンバーは放送室で話し合いをしたあと、体育館の放送室へ向かった。合唱クラブ発表会の、司会の練習のためだ。


「そのとき、ハヤサカさんがおれの上ばき、片方はいて行っちゃってさ。

 おれ、追いかけたんだけど、ハヤサカさん、気づかなかったんだよな」

「ハヤサカさん、そんな間ちがえするの?」

「同じクラブじゃないと知らないかも。あれでけっこうテンネンなんだよ」


 うん。ふだんは大人っぽい、って言われてるよね。

 でも、これでわかった。昨日の上ばきのことはぼくの見まちがえじゃなくて、放送室で間ちがえた、という説も合っていた。


「だけど、それからまた事件があってさ」

「事件」

「ハヤサカさん、練習、調子よくてさ、もともとすごく上手いの知ってるだろう? なんだか割り込むの悪くてさ。おれもまわりの子も、上ばきのこと言えなかったんだよな」


 迷わくそうに言ってるけど、なんだかヤマガタくん、顔が笑っている。


「それでハヤサカさん、ずっと元気だったんだよな。練習が終わって、体育館にカギをかけて帰らなきゃいけない時間にさ、いきなり、

『あした天気になあれ!』て、はじめた」

「どうして?」

「たまに楽しくなってくると、そんなかんじになるんだよな」


 見た目からは、わからない一面なんだなあ。

 それでさ、話しているヤマガタくん、なんだかずっとうれしそうで、得意そうなんだけど……


「そしたら、飛ばした上ばきが、バスケットのゴール裏にひっかかって、落ちてこなくなった。

 しかもそれは、おれの上ばきだった」


 ハヤサカさんはあわてて、ヤマガタくんに謝ったんだけど、どうにも小学生の手に負えない場所に、上ばきはある。


「先生に話したら見にきてくれて。そしたら、先生でも取りにくいなあ、って。

 で、もう下校時間過ぎてるから、明日用務員さんに相談しよう、ってことになったんだ。

 そしたら一時間目の終わりにもう上ばき届いて、助かった」


 ところが。

 ヤマガタくんが先生といっしょに用務員さんのところへお礼に行ったところ、〈話を聞いて体育館に行ったら上ばきが見つからず、どうしたんだろうと思っていたら〉と、おどろかれたそうだ。


「不思議だなあ」


 それはびっくりだ。


「不思議だね」


 ぼくも言った。


 * *


「おかえりなさい」


 そうだ、今日はお母さんがお休みだった。

 トマトカレーのにおいがする。


「おかえり」


 二時間目のあと先に帰ったタマは、お母さんにだっこされていた。甘えてたな。


「国語は、おもしろかったねえ」

「よかった」


 そしてぼくは、気になっていたことをきく。


「ねえタマ。体育館で、散歩した?」

「うん。ハヤサカさんのことが気になってね。放送室と体育館に行ったんだ。多分ハヤサカさんが昨日の放課後に行っただろう場所だからね」


 なんだ。探ていみたいだなあ。


「体育館を探検したら、上ばきがあったねえ。クラスと名前が、書いてあったねえ」

「やっぱりそうか。

 みんな、不思議がってたよ」

「なあに?」


 お母さんも、不思議そうだ。


「あのね、」


 ぼくはそうして昨日からの上ばきの話をしたけれど。

 なんとなく、ヤマガタくんがハヤサカさんのことを話す時に、ずっとにこにこしていたのは言わなかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る