王都への道のり


 アルウと俺は一頭ずつ馬を借りた。

 王都レィリアからグランホーの終地へ来る間、食料と水を運んでいた荷物運搬用の馬が余っていたのでちょうどそこに乗った感じである。


「アーキントン殿は馬乗りが達者であるな。遠旅の経験があるのかね」

「以前は旅ばかりだったよ。……たぶん」


 俺の身体は例のごとく乗馬の記憶をもっていた。

 手綱のとりかた馬とのコミュニケーション。それらは無意識下で行えていた。

 正直、乗馬の経験なんかなかったので不安な科目ではあったが、結果オーライだ。


 代わりにアルウは結構苦戦しているようだった。

 はじめての乗馬だったので騎士のひとりが乗せてくれるとのことだったが、アルウ本人はどうしても「ひとりがいい……」と言うので、これも挑戦ということで乗馬、それもぶっつけ遠乗りをこなすことになった。


 しかし、1時間も馬に乗る頃にはすっかりアルウは馬を操っていった。

 ちょっと駆けてみたり、旋回して見たり、中隊のまわりで置いて行かれない程度に馬を操って元気にするアルウの姿には騎士たちみんな心を癒されていた。


「流石はエルフ。動物を心を通わせる不思議な力があると聞くが、まことであったか」

「エルフにそんな力が?」

「アーキントン殿はご存じないか。森にすむ種族はそのいにしえより古き森と生きて来た。森を捨てた人間族とは違う生き方を選んだゆえに、自然との親和性は人間族より優れているのだと言われているのだよ」


 さまざまな種族は生きるこの”王の地”において、人間族はいち種族にすぎない。

 人間の大国は3つほどあるが、その周辺には別種族が国をつくり王を持っている。

 海に住まう魚人族に海竜族、森に住まうエルフ族にオオカミ族、精霊族に大梟族、巨人の霊峰に住まうドワーフ族に巨人族、悪魔の国の悪魔族、天界の天使族──などなど。


 かつては魔法使い族はこれらの種族の一員であり、彼らの尊敬を集める偉大にして最強の種族であったというのだから、俺のご先祖はなかなかイカしている。

 とはいえ、それぞれの種族はさまざま特性を持っているのは間違いなく、それぞれの国はお互いに得意な生産を行い交易をして文明を発展させているらしい。

 かつては大きな戦争があったが、ここ100年以上は平和な時代が続いているようだ。


「それじゃあ、荷物を届けてくる」


 俺は町や村につくたびにギルドで請け負ったクエストの配達をした。

 アルウといっしょにいろいろな物を見た。日記に書くことが多くて助かる。


「アルバス……わたしは強くなりたい。フガルを振らせて……!」

「……まあ、試すだけならいいぞ」

「やった……!」


 フガルを持たせてみた。


「っ! やー! うぬぬ……っ!」

「……」


 フガルが地面からまったく持ちあがらない。

 予想通りと言うか、アルウは肉体的な強さがない。

 フガルは大きめの剣だ。斬馬刀ほどではないが、並みの騎士がもっている直剣と比べると二回り以上デカい。重量は7kgほどだと思う。

 俺が怪力の魔法をつかってふりまわす前提で鍛えられた魔法剣なので、十分なパワーで重く振りまわし、威力に優れた設計をされているのだろう。

 

 ただ、流石に持つだけならだれでもできる。

 騎士ならもちろん、そこら辺の村娘でも握って持ちあげるだろう。


 しかし、アルウにはそれができない。

 

「フガルはやっぱり重すぎるな。剣を借りよう」


 騎士から直剣を借りて渡す。重さは1.5kgほど。

 アルウは剣をなんとか持ち上げる。

 しかし、それだけでふらふらしており、ちょっと不安だ。

 剣を持ち上げ、振ろうとすれば振り上げた勢いで後ろへ倒れそうになる。

 とっさに背中を支え、剣をひょいっと取り上げる。


「アルバス……わたし……」


 アルウは雫の涙を浮かべていた。

 いつもなら辛辣な言葉を浴びせてやるところだが、なんだか不憫で気が引けた。


「まずは何事も基礎作りだろう。お前は体がちいさい。細い。薄い」

「ちいさい、ほそい、うすい……」


 ということで王都への旅は食とともにあった。

 アルウは剣を振ることができないとわかるや否や、これまでよりたくさん食べるようになった。とはいえ、さしたる量ではないのだが。

 

 中隊が町や村にたちよるたびにアルウは騎士たちの剣を借りて素振りしていた。

 彼女は強くなろうとしているのだ。自分の命になにか意味があるのなら、それは英雄たる使命に違いないと信じて、そこへ向かって進み始めたのだ。


「なあ、ウィンダール」

「どうしたのかね、アーキントン殿」

「アルウは本当に強くなれるのか?」

「……」


 ウィンダールと2人で、遠くのほうで騎士たちに指導されているアルウを見やる。

 

「わかりませんな、今の段階ではなんとも」

「あんたが英雄の器だって言ったんだぞ」

「もちろん、そのことは間違いありません」

「ちっとも強くなれるビジョンが浮ばない」

「……正直な感想を申し上げるなら、私もですよ。あの子は育ちの重要な段階であまり恵まれた環境にいなかった。戦士を育むうえでもっとも重要なものは心と体なのです。その論理で語るなら、アルウ殿はいささか以上に見劣りしておりますな」

「やっぱりそうなのか」


 ウィンダールの正直な意見を聞いて、どんよりとしたものが俺のなかにわだかまった。


 8日の旅の果てに俺たちの遠征は終了した。

 王都レィリアの雄大なる城壁が地平線のむこうにゆっくりと姿をあらわした。

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