旅立ち
3日後に俺たちはグランホーの終地を発つことになった。
向かうのはバスコ・エレトゥラーリア人間王国その王都レィリアである。
そこに予言者とかいうアルウを指名したカスがいる。
ご高説と顔を拝んでやったあと、王国騎士団のもとで集められた英雄の器たちは、復活する魔神とやらへ備えて力をつけるらしい。
俺はもちろんあんまり乗り気ではないが、アルウの意志は理解した。
考え直せば、まあ、彼女の商品価値という意味でとらえるなら、まあ、その、うん……まあ、そうだな……俺が同行すれば彼女を脅かす諸々から守れるので、ギリギリ許容できる。
「ふふ、アルバスさんはアルウちゃんが心配なんですね~」
「なにを寝ぼけたことを言っているんだ、このポンコツ安宿娘が」
「酷い言いぐさです! 素直にアルウちゃんのことが大事だって言えばいいじゃないですか!」
「アルウが大事だと? ははは、ははは! あーははは! お笑いだな。まったく違う。やつは財産だ。俺は財産を失うことが恐いのだ。だってそうだろう。勝手に王都に連れて行かれたら、俺は30年ローンで買ったマイホームを国に持ち逃げされるようなものなのだぞ。俺が心配しているのはつまりそういうことだ。決してアルウ自身を案じてるわけじゃない」
つまらない話するジュパンニなぞ相手にしてられない。
3日かけて俺たちは旅の支度を終えた。
荷物を持って長い事世話になった安宿をでる。
「行くのか、殺人鬼、アルウよ」
「ああ。もうこの臭くて安くて、汚れた宿屋に戻ってくることはないだろうな」
「口の減らないクソ男が。二度と帰って来るんじゃないぞ。魔神でもなんでも戦ってぶっ殺されてしまえ」
「老いぼれじじいが。老い先短い命をもっと縮めてやろうか」
「まったく最後まで素直じゃない2人ですね。アルウちゃんはこんな頑固な人間に育っちゃだめですよ~」
「うん……大丈夫。アルバスがこんなのだからわたしがしっかりしないと」
なんて心外な会話をしているんだ、この奴隷エルフめ。
誰がご主人様か忘れたのか。
「さようなら、アルウちゃん。王都に行ってもどうか健やかに。きっとまたグランホーの終地に帰って来てくださいね!」
「うん、絶対に戻ってくる。きっと」
アルウとジュパンニはぎゅーっとハグをしあう。
俺とグドはその様をまじまじと見て、この宿屋での日々が本当に終わるのだな、っとしみじみと感じるのであった。
グドと顔を見合わせる。
「……まあ、達者でな、殺人鬼」
「あんたもな。どうせ身よりなんかないんだから、困ったら手紙でも寄越すといい。たぶん読まないし、破って捨てるが、もしかしたら、ひょっとしたら気が向いて頑固なじじいとその娘を助けてやってもいいと思うかもしれないからな」
「まったくあてにならんのう。手紙を書くだけ無駄じゃろうが」
言って皮肉気な笑みをうかべるグド。
「行くぞ、アルウ」
「うん」
宿屋をあとにし、俺たちは冒険者ギルドへ。
ここで王都までの荷物の配達やら、その道中への荷物配達の依頼を8つばかり受けて置く。長距離を移動する際は、小包だったり、手紙だったりをこうして冒険者や行商人やら旅人やらが郵送するのが、異世界における物流ネットワークのひとつである。
なので俺もその物流ネットワークに参加して、王都で新生活をはじめるための資金を旅のなかで蓄えておこうと思っている。
「うぅ! 行っちゃうんですね、殺人鬼さん!」
「ああ。行く。もう俺の顔を見て恐い思いをしなくて済むな」
「いやです! 私、殺人鬼さんの恐い顔をみないとやっていけません!」
どういうことか説明求む。
「俺たちの殺人鬼はグランホーの終地にとどまるような男じゃねえ!」
「そのスケールは王国全土に及ぶってことよ、いや、もしかしたら”王の大地”全土に及ぶかもしれねえ!」
「こいつは俺たちの誇りだ!」
「きっと王都でも血祭さ!」
「我らが殺人鬼は王都で屍の山を築き上げ伝説をつくろうと言うんだ!」
「湿っぽいのはなしだぜ。殺人鬼には血が似合う!」
言って荒くれ者どもは殴り合いの喧嘩をはじめた。
訳がわからない。
「うォおおお! 殺人鬼、今日こそぶっ殺してやらあ!」
「きゃー! 殺人鬼さんはじまりましたよ!」
受付嬢はどこか楽しげに悲鳴をあげる。
なぜか俺まで喧嘩に巻き込もうとする男をぶん殴って黙らせ、ワインの空き瓶で殴りかかって来る野郎は、空き瓶を奪って逆にぶっ叩いて眠らせる。
まったく馬鹿しかしないのか、この町には。
アルウの教育に悪いのでさっさとギルドをあとにした。
「アルバス様、お元気で」
桜ト血の騎士隊にもお別れをする。
サクラは別れ際、ぎゅっと抱き着いてくんくんしてくる。
非常に恥ずかしいので、さっと突き放そうとするが、いかんせん『怪腕の魔法』でも手こずるくらいの膂力だ。面倒なのでされるがままにしておく。
そうしてれば、やがてアルウまでぎゅーっとしだし、そしてハっとしたクララが対抗するようにぎゅーっとしてくる。三面楚歌である。こいつら全員嫁じゃねえんだ。
「アルバスさまは童貞、アルバス様は童貞、アルバス様は童貞……」
サクラの不遜なつぶやきが繰り返されているが、これは「俺が魔法が使える=まだ童貞」というロジックから来ている発言だろうと思う。実際童貞かは俺も知らん。
「王都へ向かわれるのでしたら、すぐに会う機会に恵まれるでしょう。我々もそれなりの頻度で王都へは足を伸ばしますから」
「アルバス様、会うたびに隊長とクララが狂うので、さっさとお嫁さん見つけてください」
クレドリスとトーニャとお別れの挨拶を済ませ、偽嫁たちを引き剥がしてもらう。
さらばだ。悪しきピンクと悪しき猫耳よ。
ということで、やってきた王国騎士団ウィンダール中隊のもとへ。
ウィンダールには手痛い傷を負わせたが、ゲーチルの薬屋を紹介したので、もうすっかり元気になっている。あそこの治癒霊薬は一級品だ。
「アーキントン殿がご同行してくださるとはまとこに心強いであるな。そうだろう、お前たち」
「は、はっ!」
騎士連中はやや震えた声で返事する。
先日の一件で怪力を見せているので彼らにはかなり恐がられているのだ。
なかには俺に刃を向けた者もいるので、俺が恨んでいないかと心配なのだろう。
「なんて恐ろしい顔なんだ……」
「見ろ拳にちょっと血がついてるぞ、今朝も何人かなぶり殺しにしたに違いない……」
「あんなやべえ野郎がいっしょで平気なのかよ」
「夜営中にトイレいけなくなっちまう」
いや、俺の怪力とか関係ないなこれ。
平常運転で顔にビビってるだけだ。
「ウィンダール、王都はどれくらいかかるんだったか」
立ち合い以来、俺はウィンダールに敬語をつかうのをやめた。
いまさら使っても変に意識している風にとらえられて恥ずかしいし。
「森を抜ければ8日の道のり、迂回して10日と言ったところであるな。森はやや危険な街道となっているが……おっとアーキントン殿には不要な忠告だったかな?」
「森で行こう。あんたらが夜営の見張りしてくれるなら安心して眠れそうだ」
「ははは、そうこなくてはな。お前たちアーキントン殿は森をご所望であるぞ」
騎士たちから「森、ですか……」と、乗り気でない声がまばらにあがるのだった。
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