グランホーに来た理由

 

 ウィンダールとまさかこんな夜更けに出会うとは。

 コラプション・ウォリアは帰還させたので見られてはいない……いましがた殺戮した手前、なるべくだれにも気づかれず帰りたかったが。


「なんだか暴力の香りがするね、殺人鬼」

「そうですか。俺にはなにも感じませんが」

「ふむ」


 ウィンダールは坂の上にある領主の立派な屋敷を見やる。


「……。まあよい。こんなところで会ったのも何かの縁だ。すこし酒に付き合ってはくれないか。話したいこともあるのでな」

「話したいこと?」

「大事な話なのだよ」

「その話、明日にしていただけませんか」

「急ぎの用があるのかな?」

「ええ」


 アルウを寝かしつけるという急ぎの用がある。

 というわけで、翌日に会う約束をして俺は宿屋へ帰還した。

 帰りが遅いとアルウにむっとされてしまったので、今後は悪党は昼間のうちにぶち殺そうと思う。


 翌日、午前のうちにウィンダールが宿屋へやってきた。

 

「っ、『北風の剣者』だ」

「どうしてウィンダール殿がこんなところに」


 廊下ですれ違った桜ト血の騎士隊のトーニャとクレドリスはたいそう驚いた様子であった。

 どうにもウィンダールは人間王国内じゃそれなりに有名らしい。


「おや、まさか貴公らがこんなところにいるとは。麗しき冒険者一行殿」


 有名なのは桜ト血の騎士隊もまた同様であったが。


「アルバス・アーキントン殿、お待たせした」

「アルウ、すこしジュパンニところへ行っていなさい」

「ああ、結構、その子もいっしょのほうがよいだろう」

「アルウも?」

「アルバス、この人、おおきい、こわい……」

「うちのアルウが恐いと言っています。ちょっと宿屋から出て行ってもらっていいですか、ウィンダールさん」

「そこは恐くないと説得してくれるところじゃないかな……こほん、まあよい。このまま進める」

 

 アルウが俺の背後に隠れうしろから抱き着いてくる。

 どうやらこの状態で安定したようだ。


「単刀直入に言おう。そのアルウと呼ばれるエルフに世界の命運を託してはくれぬか」


 いきなりなにを大それたことを……っと思ったが、身に覚えがあった。

 かつての俺が見たと言うビジョン。緑の髪をしたエルフが世界を救う。

 その時が来たということだろうか。


「人間王国には優れた予見の魔術をあつかえる予言者さまがいるのだが、その方が巨悪の復活を予言したのだ。遥か東の地でいにしえの災害『魔神』の残滓がくすぶっておるらしいのだ。王は魔神の復活に対抗するために英雄を迎えるため我らをこの地へよこした」

「その英雄がアルウだとでも?」

「そのとおりだ。緑の髪のエルフ。それは10人からなる英雄パーティのひとりだ」

「そうですか。では丁重にお断りします。10人もいるならひとりくらいいなくても大丈夫でしょう」


 俺は立ち上がり、お引き取り願おうと手で扉を指し示す。


「アルバス殿、召喚を断ることはできない。これは重要なことなのだよ」

「それよりも重要なことがある。このエルフは俺の財産だ。それを勝手な英雄ごっこに引っ張り出されちゃ敵わない。死んだら誰が責任をとってくれる。あんたがアルウを生き返らせてくれるのか」


 俺は語気を強めて言う。

 ウィンダールは目をスッと細める。


「アルバス殿、私はあまりこういうことは言いたくないんだが……君の昨晩の行いはわかっている。あのあと領主の館を調べた」

「領主の館? なんの話をしてるんだ?」

「とぼけるのは勝手だが、罪はなくならない。もっとも君が悪い人間だからとか言うつもりはないし、あの腐り落ちた貴族の唾棄すべき悪徳を看過するつもりもない。ただ、私がもし君を罪人だと言いふらせば、それだけで多くの人間が君の不利益のために動けると言う事を伝えておく」


 騎士団中隊長ウィンダール。

 彼が声をあげれば、即指名手配。お尋ね者として国を出なければいけなくなると。


「わかってほしい、アルバス殿。アルウは世界を救う英雄として王国騎士団のもとでその才能を鍛えなければならない」

「……都合の良いことばっか言いやがって。このエルフはな、やせ細って垢塗れにしらみ塗れで、汚い貴族に搾取され、そうやって死にかけたところを拾ったんだ。この国の誰もこの子を救おうとしなかった。なにを寝ぼけたことを言っているんだ。どうしてアルウがお前たちを救う。どこにその道理がある。国はアルウを救えなかった。ならば滅べ。滅ぶしかない」

「…………なるほど、一件して筋はある意見だよ。返す言葉もない」


 ウィンダールは立ち上がり、剣に手をかけた。

 俺はザっとさがり、フガルを手に取る。


 が、その時、アルウが前へ出た。

 両手をいっぱいに広げ、ちいさな体でウィンダールを静止したのだ。

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