拳闘大会


 受付嬢に連行され広場の方へやってきた。

 酒場のひとつが大変ににぎわっており、どうにもそこが怪しいと思い店内に赴いて見れば、見事な甲冑に身をつつんだ騎士たちがいた。

 人数は20人ほど。店の半分を占有し、楽しそうにお酒を飲んでいる。

 おそらくは王都から来たとか言う騎士団の連中だろう。

 

「やーい、殺人鬼を連れてきましたよー」


 受付嬢が大きな声で言えば、店内にいる荒くれ者どもがピクっと最初に反応し、こちらを見やるなり「殺人鬼!」と、おおきな声をあげた。

 続いて騎士連中が関心を向けて来て「ほう、あいつが噂の」と、品定めするような目つきになった。


 騎士連中のたむろする奥からひとりの精強な男がこちらへやってくる。

 おしゃれなくちひげを生やした品の良いおっさんだ。

 デカい。物凄くデカい。2m20、あるいは30くらいあるだろうか。


「我が名は『北風の剣者』ウィンダール。いまは騎士団にてこの騎士たちを任される中隊長である。お前がアンデットの大軍をひとりで沈めてしまったというグランホー一番の勇者か」

「グランホー一番かはわかりませんけど、あんたの探しているのは俺で間違いないですしょうね」

「ははは、謙遜するやつだ。ふむ、見たところさほど腕っぷしが強そうには見えん。しかし、わかるぞ、その顔つき。お前は人殺しに慣れているな」


 もう否定できない程度には人殺しになれているので、なんとも反応に困る。

 

「物騒な世の中ですからね。自分の大切な者を守るためには殺しくらいするでしょう」

「いかにも。守るために殺す。生きるために殺す。それこそが正しい殺しであるな」


 ウィンダールは「お嬢さん、どうぞ」と、1,000シルクを受付嬢に渡すと、俺を広場の方へ案内する。

 とんちき騒ぎの匂いを嗅ぎつけた騎士と、あらくれ者どもが色めきたち、皆、木杯を片手に酒をこぼしながら店の外へ溢れ出て来た。

 

 そうなればもう広場は大混乱だ。

 店の連中だけでなく、通りのやつらまで「なにごとだ、なにごとだ」「喧嘩だ、喧嘩だ!」とわらわら集まって来るじゃないか。

 

「ちょっと待ってください、隊長! 俺にまずは小手調べさせてください!」

「ほう、お前が殺人鬼と立ち会うか?」

「へい、どうにもこのほそっちい野郎が強いようには思えねえ。悪逆非道な殺しをするのはちげえねえ顔つきですが、我々のような正規兵が遅れを取る相手じゃぁない!」


 言って野次馬連中のうち騎士がひとり甲冑を脱ぎ、剣を味方に預けながら、前へ出てくる。

 なるほど確かに屈強だ。

 拳をコキコキっと鳴らしながらファイティングポーズ。


 俺も受付嬢にフガル・アルバスを預けて、アルウの背を押して「そっちで見てろ」とふたりの背中を押しやった。


「アルバス、頑張って……!」

「頑張ってください、殺人鬼さーん!」


「ちょーっと待ったぁあ! 俺たちの殺人鬼に前座を寄越すなんざ舐めたことしてくれるじゃあねえか!」


 言ってグランホーの荒くれ者たちが声をあげた。

 一番デカい声で吠え人混みの中からでてくるのは、ミスター巨漢である。

 

「ミスター巨漢、お前がやるのか?」

「へへ、任せろよ、殺人鬼、あんな騎士なんざぶっ飛ばしてバトン繫いでやるからよ」


 屈強な騎士とミスター巨漢が拳を固めて向かいあう。


「田舎者の力自慢ごときが」

「うおおおお!」

 

 ミスター巨漢はタックルをかまし、騎士の懐に入り込むと、そのまま持ち上げて、地面にズドーンっと落とす。騎士は苦しそうにうめき声をあげた。


「いってぇええ!」


 湧き立つ民衆、もとい田舎者の荒くれ者たち。


「ほう。なかなかやる」

「おい、今度はあんたがかかってこい!」


 ミスター巨漢は勢いづいて、今度は中隊長ウィンダールを指名。

 皆が盛り上がり、もはや逃げられなくなった雰囲気にのまれ、ウィンダールは肩をすくめて、鎧を脱ぎ、剣を置いて前へ。


「案外、王国騎士団も、たいしたこと……ねえんだ……な……──」


 ウィンダールが一歩、二歩、近づいていくごとに、ミスター巨漢は言葉尻をすぼめていく。デカかった。ミスター巨漢と並ぶと頭ひとつ分大きく、腕がまるで胴体のようである。


「おら!」


 ミスター巨漢は拳がウィンダールの頬にべちっと当たる。

 それがどうした、と言わんばかりにウィンダールは微動だにしない。


「次は私の番だな」

「いや、ちょっと、待った──」


 ウィンダールが拳を固めふりかぶった。

 次の瞬間、ミスター巨漢は宙を舞って野次馬の壁に叩きつけられていた。


 とんでもない怪力だ。

 これは……魔力に目覚めている。


「さて、それじゃあ、はじめようか、殺人鬼殿」

「ああ」


「さ、殺人鬼、頼んだ……」

「俺たちの仇をとってくれ!」

「グランホーの意地を見せろ!」


 そういう応援されるとなんかやりづらいな。

 俺、別にグランホーへの帰属意識とか郷土愛とかそんなないからさ。


 かかってこいとばかりに腰に手を当て待つウィンダール。

 俺は拳を固め、殴りつけた。


「ッ」


 ウィンダールは20cmほどだけザザザっと後退する。 

 しかし、表情は余裕そのもので「この程度かね?」と片方の眉をあげている。


 なるほど。強い。


「次はもうすこし本気だしますね」

「なに? いまのは本気じゃないとでも?」

「アルバス……頑張って!」


 アルウの応援。

 思わず力み過ぎてしまう。


 拳がウィンダールを再び打つ。

 瞬間、巨体が勢いよくふっとび広場を横断し、酒場へとつっこんで消えていった。


 アルウが応援するせいでつい力が入りすぎてしまった。

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