綺麗なエルフ



 その日、領主のもとに奇妙な情報が届いた。

 

「なぁに? エルフがこの町にいるだと?」

「はい。それもたいそう綺麗なエルフらしく。深い緑色の髪と瞳をしているとのことです」


 側近の話を聞いて領主の頭にはつい2か月ほどまで捨ててしまったエルフの奴隷の姿が思い浮かんでいた。

 あれはよかった。従順で、可愛らしく、虐待し甲斐があった。

 殴れば泣き、「許してください……許してください……」と媚びて卑しく生きようともがいていた。食事を与えなかったり、蛮族と交わらせたり、いろいろと楽しみがいはあったが、ついぞ抵抗しなくなったので、壊れたのだと思い捨ててしまったのだ。


「緑の髪に、緑の瞳? 間違いない、私の奴隷ではなにか。そのエルフを捕らえてこい。まだ生きていたとは。また私の奴隷にしてやる」

「しかしながら、ルハザードさま、そのエルフの飼い主というのがすこし特殊なようでして……」


 人間世界にいるエルフは奴隷であると相場が決まっている。

 ならばそのエルフにも当然いまの主人がいるということだ。


「私はグランホー終地近郊の領主であるぞ? いったいどこのどいつがこの私のエルフを盗んだのだ! そいつを捕まえろ!」


 言って領主──ルハザードは大声で側近たちを怒鳴りつけるのだった。
























 ウィンダールが酒場の壁にあいた大きな穴から出て来る。

 肩の埃をポンポンっと払いのけて、血をペッと吐き捨てる。


「私の負けであるな。信じられないよ、こんな豪傑の者がいたとは」


 野次馬たちはいまだ茫然としていたが、ウィンダールがそう言って上品に拍手をしはじめるなり、それぞれが「すげえ……」「隊長が、負けるなんて……」「俺たちの殺人鬼が勝ったぞ!」と口々に騒ぎ始めた。別にお前たちの殺人鬼ではない。


「名前をまだ聞いていなかったな。そなたの本当の名はなんと」

「アルバス・アーキントンです」

「アーキントン……ふむ、なるほど」


 言って、ウィンダールと俺は手をがしっと握りあい握手する。


「いやはや、お見事だ。次があれば剣で立ちあおう」


 ウィンダールはアルウの方を見て「アーキントン殿は立派な剣をお持ちであるようだし」と楽し気にいった。この人の肩書きは『北風の剣者』。さぞかし剣術は達者なのだろうな。


「では、さらばだ。これは褒賞として受け取るとよい」

「ありがたくもらっておきます」

 

 言って渡された革袋は重く、ジャラジャラとしていて、思わず頬が緩みそうになるほどであった。


 ウィンダールは腹筋を押さえて「イタタタ、お前たち傷を癒すため飲みなおそうぞ!」と、騎士たちを連れて酒場へ向かおうとする。


「元気ですね。殴った俺が言うのもあれですけど、ちゃんと治癒霊薬とか飲んだほうがいいんじゃないですか」

「はっはっは、壁の修理代くらいは呑まねば酒場の主人に申し訳がたたないであろう。霊薬を飲んで酒が入らなくなっては元も子もないというものだよ」


 愉快なちょび髭だ。

 

「アルバス、強かった……!」


 駈け寄ってくるアルウ。

 ぎゅーっと懐に飛び込んできた。

 いいところを見せられて大変に満足だ。

 今夜は美味しい物を食べよう。












 その晩、食事が終わり、眠るまでのろうそく一本を燃やすまでの時間。

 俺はついに『死霊の魔法』修得した。

 生と死の理を学び、星の彼方から生じる宇宙を知ること。

 それは失われた命に一時の活力を与える。

 それが呪われたものだとしても、どうして死人がそれを拒むだろう。


 難しい魔法理論を理解して、疲れた脳を休めようとぼーっとする。 

 部屋の外、階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。

 たぶんジュパンニだろうなぁっと思いつついると、足音は俺とアルウの部屋の前へやってくる。


「大変です、アルバスさん!」

「なんだよ、珍しいなこんな夜に」

「け、憲兵の方がついにアルバス様を捕まえにきたみたいなんです……!」

「あ?」


 言ってジュパンニはわなわなと震えて階下を指さしていた。

 階下へ赴くとグドが憲兵たちを押しとどめているではないか。

 数は2人。どちらも屈強でただの憲兵ではなさそうだ。


「貴様が殺人鬼アルバス・アーキントンか」

「そうだが」


 これに「そうだが」って答えるの嫌だな。


「領主さまの命により、貴様を窃盗の罪咎で拘束する」


 いわれのない罪。

 よし。領主殺すか。

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