新しい日常へ



 過去の自分からの驚異的な日記を読み終え、俺は茫然とする。

 驚くべきような事実の連続であった。

 俺の過去には多くの秘密が埋没したままだが、それらはもう掘り返すことができない。

 世界には危険なことがあって、おそらく超越的な能力を誇る魔法使い族は、その危険、きっと『魔神』に抗していた。領主の家の本で読んだある御伽噺のなかでは、たしかにおおいなる悪神がいて、それを賢者が滅ぼしたとかあった気もする。だけどすべては終わったのだ。終わっているのである。


 どれだけの犠牲がそこにあったのか、知りたいような、知りたくないような。

 まだ判然としていて、答えはでない。

 間を置いていつかゆっくり考えてみよう。

 

 ただ気になることがある。

 記憶を取り戻す直前、火の河に落ちる直前に得たという『予見の魔法』にて「緑の髪のエルフが世界を救う」的なビジョンを見たというのだ。

 それ完全にうちのアルウのことだと思うのだが、いかに。

 いや、緑の髪のエルフくらいほかにいっぱいいるかもしれないけどさ……。

 

「戻るか」


 俺は古小屋の地上部へ戻り、そこで桜ト血の騎士隊とアルウに日記の内容を要約して伝えた。日記自体は見せなかった。プライバシーなのでな。

 納得した様子であったり、不思議そうな顔していたり、不満げであったり、各々が違った反応を見せた。

 なお「緑の髪のエルフが世界を救う」とか言う与太話は伝えなかった。

 俺は思うのだ。どうして世界はアルウを救ってやらなかったのに、アルウの方は世界を救わなければいけないのか、っと。


 ご都合主義のいい加減にしろ。

 虫の良い話だと思わないか?

 俺がアルウを救ったからいま彼女は生きているのだ。

 彼女は彼女のためだけに生きるべきだ。救世などふざけろ。


「ちなみに俺が嫁をとったとか言う内容の記載はなかった」

「ぎくっ、で、でも、もしかしたらイベントとしてカウントされていないのかも……」


 流石に結婚うんぬんの話がでたら日記に書くと思う。

 

「そのページだけ、私が爪とぎしたくなって破いてしまいましただからページが無いんです」


 クララがめちゃくちゃなことを言いだす。

 目のなかはぐるぐると渦が巻いて、両手をあげて大変に混乱しているようだ。

 

 まあ、なんとなくわかってたけど、たぶん、俺、嫁いないんやろうなぁ。


「アルバス様、ど、童貞卒業しちゃったんですか……!? 最低です!」


 まあ見た感じ俺も20代後半もしかしたら30代かもしれないし、こっちの世界じゃ卒業しててもおかしくない。最も魔法を操る種族が見た目通りの年齢とも限らんのだが。


「思うに俺はいま魔法を使えてるんだし童貞ではあるのかもな。」


 童貞を喪失したら魔法使えなくなるみたいだし。

 童貞免許は一度致したら執行するが、10年で再発行されるみたいだし。

 このシステムのよくわからんけど。そういう法則なので受け入れるしかない。


「ホッ……なんだ、じゃあアルバス様まだ童貞なんですね。なんだか安心しました」


 サクラは鼻をならして肩をすくめる。

 すっごく馬鹿にされている気がするけど気のせいだよね。

 免許的な意味でまだ童貞って言ってるんだよね。


 その後、俺たちはボロ小屋を再度調査した。

 とりたてて面白い物は見つからなかったが。剣が一本でてきた。


「あっ! それはアルバス様が使っていたフガルではありませんか!」

「フガル?」


 サクラが騒ぐそれは白い剣身の分厚い直剣だ。

 非情に重たく刃渡りは1mほどで、錆がまるでなく、誇り被ってなおどこか神秘的な雰囲気をまとっている。刃こぼれはまるでなく、傷もついていない。見事な剣だ。


「魔法剣フガル・アルバス。それはアルバス様が終始大事にしておられた剣です」

「覚えてないな」

「そうですか……決して刃こぼれせず、折れず、邪悪な力を浄化する能力があるとおっしゃられていました」


 邪悪な力……アンデット、あるいは魔神とかいうやつだろか。

 

「フガルを持っていないからてっきり溶岩に落としてしまったのかと」

「大事にしまってあったみたいですね。でも、どうしてこんなわかりづらい場所に」


 以前の俺はしきりに”自分の役目は終わった”と繰り返していた。

 彼には、あるいは彼と仲間たちにはおおいなる使命があって、だけどそれはすでに完遂されている。だから魔法の武器も必要ないということ。

 あるいは記憶を失い新しい自分になる時、過去の思い出を踏み荒らされたくなかったのか。思惑はわからない。だが推測し、尊重しようと思う。


 まあ、良い剣なのでありがたく使わせてもらうけど。


 収穫は以上であった。

 グランホーの終地へ戻り、付き合ってくれた桜ト血の騎士隊へご飯を驕ってあげた。俺なりの感謝である。

 

「おかげでいろいろ発見があった。助かった」

「アルバス様のためならば、このサクラ・ベルクなんでもいたします!」

「私も同じ気持ちです」

「アルバス様にはたくさんの恩義がある」

「とりあえず、ペット枠は空いてますよね。クララをどうか御傍に仕えさせてください」


 ひとりおかしいのが混ざっているが気にしない。


 冒険者御用達の荒くれ者が集う食堂なので、周囲から殺伐とした眼差しを向けられてはいるが、まあ、受け入れよう。桜ト血の騎士隊の華やかさはやはり普通の冒険者とは一線を画すものがある。ここだけお嬢様の舞踏会でも開いてるみたいだ。

 ゆえにそんなチーム百合の間に挟まってる男に殺意が集まっても仕方がないものなのだ。わかるわかる。わかるから、刃を握りながらこっちを睨みつけて来るな。

 

「それじゃあな。また会う日まで」

「ばいばい……ありがとう……」


 俺とアルウは別れを告げて帰路についた。

 桜ト血の騎士隊はS級冒険者。

 旅のなかで自分たちの仕える貴族の威光を広めているという。

 きっとまたどこかへ冒険の旅に出かけるのだろう。


 宿屋に戻って来た。


「はい、4人です。それじゃあ部屋二つお願いします、ご主人」

「お、おう、わ、わかった、二階の奥の部屋が二つ空いてる使っておくれ!」

「あわわ、この前の美人さんたちがいきなり……っ!」


「えーと……サクラ、これは?」

「え? なにかおかしいですか? 当然、同じ宿屋に泊まりますよ? だって嫁ですから♪」


 ということで、嫁がボランニ親子の安宿に住み着くことになった、


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