最後の魔法使い族
『魔法使い族は死んだ。みんな死んでしまった。俺もじきに死ぬのか、生き残れるのかはわからない。いつ世界に消されてもおかしくない。それだけの神秘を行使した。記憶があいまいだ。魔神を滅ぼしたところまでは覚えているが、夜明け前に聖杯が砕けたような気もする。もしかしたら完全にはいなくなってなかもしれない。不安はある。なんのために皆が死んだのか、確かめにいかないと』
『地形が変わっている。世界では90年前に魔法使い族がいなくなったことになっているが、そんなはずがない。時間の厚みは失われのだろうか。魔法が弱くなっている。星の周期が変わってる。なにもかもが違う。どこに聖杯があるのかわからない』
『聖杯は諦めた。代わりに魔神の眷属と呼ばれる黒い気持ち悪いなめくじを見つけた。これを見て確信した。魔神は死んだ。間違いない。あの戦いには意味があったのだ。もう安心して逝ける』
『しかして、死ぬのはもったいないことのように思う。いいことを思いついた。もう魔法を使う必要はないのだから、いっそ童貞を捨ててしまおうか──』
俺はそこまで読んで、いそいで古びたノートを閉じた。
「ちょっ、アルバス様、どうして閉じるのですか!」
「これは個人の日記だ。それも俺の日記だ。ひとりでゆっくり見たい」
「卑怯です! 見つけたのは私の従者のクレドリスなのですよっ!」
くっ! この悪しきピンクめ! 抵抗するんじゃない!
サクラと揉みくちゃになって、俺は『怪腕の魔法』でなんとか日記を死守することに成功する。
「ちょっと上で待っててくれ、まずは俺ひとりで読みたい」
「しゃぁ~! しゃあ~!」
「猫族になられてしまいましたか。トーニャ、お嬢様を連れて行きます。手伝って」
「離しなさい、ふたりともっ、隊長命令なのですっ!」
「はいはい、隊長命令隊長命令」
「向こうでお話は聞きます、お嬢様」
無事サクラが連行されたのを見届ける。
クララはアルウと手を繫いで「行くよ」と言う。
先ほど彼女が全員の紐をほどいておいてくれたので助かる。
やはりこのにゅんにゅんが嫁なのだろうか。
「アルバス……いっしょがいい……」
「ほら、尻尾触らせてあげます」
「っ! 触る!」
クララが装束のしたから黒いにゅんにゅん尻尾をだしてアルウを魅了したところ、まんまとアルウは夢中になっていた。やはり猫ちゃん好きなのか、うちの子は。
みなが完全に上階へ姿を消したところで日記を読み進めた。
内容は記憶を失う前の俺が、目覚め、世界を旅したことが書かれていた。
彼は童貞であり、魔法使いは皆が童貞であったという。
童貞を捨てると魔法力が著しく低下すると言う。。
なお童貞は一度捨てても10年ほどで再取得できるとのこと。言ってる意味はちょっとわからないが、まあ、雰囲気でどういうこと言ってるのかは察することはできる。たぶん10年くらい禁欲すれば魔法の力が復活するという意味だろう。知らんけど。
俺は多くの秘密を知っているようだが、魔神なる存在が倒されたことに安心するなり、かなり自由に各地をまわって放浪の旅を楽しんでいたらしい。
日記の中盤で血の貴族に仕えることになった話題もでてきた。
『剣術指南の先生をすることになった。教え子が美人しかいなくて困る。童貞が暴れ出そうとしてるのを感じる』
はぁ。
『聖杯の最後の地がわかったかもしれない。地政学的な特徴から推測するに、おそらく巨人の霊峰だ。いまさら気にすることがないかもしれないが、可能性を見つけた以上、行って確かめてみたい』
とのことが、日記に書かれていた。
ふむ。クレドリスたちの話と照らし合わせて考えるに、俺は『聖杯』なるものを見つけるために、かなり苦労し、結果として諦め、と思ったら巨人の霊峰にあると気が付き、桜ト血の騎士隊とともに旅をし、そこへ向かったということになる。
『猛烈なめまいに襲われた。溶岩の河に流されて麓まで来てしまった。童貞を捨てたせいで失われた『予見の魔法』が偶発的に作用したせいだ。予見は遠い未来のことのようだった。緑髪のちいさなエルフの少女……彼女が世界を救う救世主になる。それに記憶をとりもどした。しかし、予想を超えた記憶だ。前世の記憶。まるで別人の、別の世界での記憶。日に日に強くなっている。もうじき俺は俺じゃなくなる。そんな気がする』
変わりゆく認識へのゆるやかに増す恐怖が記されていた。
なによりも気になるのは緑の髪のエルフ……それって……。
『おかしな感覚だ。最初は恐かったが、いまはごく自然に自分が自分であり、彼もまた自分であると受け入れられる。彼からすれば俺こそ恐ろしいだろうに。魔神との戦いは終わった。すべてが終わったのだ。しかし、この世界にまたおおいなる危機が迫っている。でも、俺の役目はここでおしまいだ。あとはあの緑の髪のエルフ──予見の救世主がきっとなんとかしてくれるだろう。最後にサクラたちに会えないのは残念だが、俺はここで死んでしまったことにしたほうが後腐れなくいいかもしれない。次に目覚めるのは何百年度、あるいは何千年後か。まるで予測がつかない。その時は俺は俺じゃなくなっているだろう』
『俺が本当の俺になる。律動が早く感じる。シェルターはつくった。いつかまた目覚めることになる時、ここが残っていればいいのだが』
そこで日記は終わっていた。
やく100ページに渡りみっちり書かれた記録は、俺の意志で封印された。
新しい俺に伝える必要が無いと彼が判断したからだろう。
「しかし、誤算すぎやしないか。お前3年くらいで目覚めてるぞ」
偉大なる魔法使い族にもわからないことはあるようだ。
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