過去からの手紙


 桜ト血の騎士隊とともに街道を進み、グランホーの森林へといよいよやってきた。

 相変わらず右手首、左手首、腰回りと謎の紐が俺を拘束している。

 目を離すと手が付けられなくなる恐ろしい怪物になった気分になりながら、道案内をして、俺たちは廃墟にたどり着いた。


「流石はアルバス様なのです。こんな獣道なのにちゃんと覚えていらっしゃるなんて」

「方角くらいはまあ、わかる」


 正直覚えている自信などなかったが、いざ足を運んでみると、存外すんなりと目的地へ皆を導くことができた。素人では往々にして森では迷子になるものだと思う。

 だと言うのに、このスムーズさ。これも俺が無意識のうちになんらかのサバイバルテクニックを使っているのだろうか。


 廃墟はちいさなボロ家である。

 深い森のなか誰にも見つからぬ用、ひっそりと立てられた木の小屋で、雨風をしのげる程度の役割しか持ち合わせてはいない。

 隙間風は酷く、苔むしていて、数年ののちに大自然の中に飲まれ、勝手に腐って朽ちるだろうとだれだって思うだろう。それほどのぼろ小屋だ。


「アルバス様はこんなところに?」

「その暖炉の後ろが秘密の入り口になってる」


 言って俺は暖炉のすみっこ、火かき棒の横の石レンガの凹凸を蹴る。

 ガチャっと仕掛けが動いた音がする。


「ん? 前は勝手に開いたんだけどな」


 俺が目覚めて2カ月以上は経過している。

 その間に機構が寿命を迎えたか。


 俺は暖炉を横から押してずらした。

 階下へと続く階段が出現し、俺は先導して降りていく。


 地下室にはおおきなキングサイズのベッドが置いてある。

 

「俺はそこに寝てたんだ。手足には枷がはめてあった。枷には長い鎖がついてて壁に固定されてた」

「誰かがアルバス様をとらえたということでしょうか?」

「いや、たぶん俺自身がやったんじゃないかなあ。ベッドから落ちないように」


 その証拠としてサイドテーブルの上に手紙と枷を開錠するするキーは置いてあった。念のためかポケットにも入ってたし枕下にも粘着性のテープで固定されていた。


「手紙は俺宛だった」


 内容を要約すると『おはようアルバス・アーキントン。お前は転生したことを思い出しているだろう。だけど大丈夫。全部終わったあとだ。魔法使い族はいなくなったが、すでに危機も消えている。新しい人生をはじめよう』的な感じで、俺が俺へ書いた手紙であった。


 俺は転生うんぬんのところをはぶいて、桜ト血の騎士隊に概要を説明する。


「はあ、特殊なプレイをなされていたのでなければアルバス様自身でこの場で眠りについたことは間違いなさそうですね」

「なにか発見がないか調べてみよう」


 その後、皆、意欲的に小屋と地下室を調べてくれた。

 記憶をなくす前の俺はもちろんこの世界のことを深く理解していたのだろう。

 魔法使い族。それと危機。この二つの言葉は俺にひっかかるものを与えたが、記憶をなくす前の俺は俺に、それらの記憶を引き継ごうとはしなかった。

 もう必要ないと判断されたということなのだろうが、だとしてもなにかしら残してくれてもいいような気がしなくもない。


「アルバス様、ここ開くけど」

「ん、ああ」


 三角帽子をかぶった背の低いメンバー・トーニャが背後からつんつんっと教えてくれる。クレドリスとクララ、サクラがしゃがみ床下をのぞきこむ。


「ここ床下がありますね」

「隠し扉ばっかりです」

「怪しい箱発見です。あら、でも、なにも入ってないです……」


「その箱にはお金と歪みの時計とかが入ってたんだ」

「もうすでに調べられた後でしたか。む」


 クレドリスは箱の下を見てなにやら怪訝な声をもらす。

 波紋刀を腰から鞘ごと抜いて、ちょんちょんっと床底をつつく。


「……ここ、空洞がありますね」

「え?」


 それは知らないのだが。


「どのくらいの空洞だ?」

「どうでしょう。音の跳ね返りが早いのでさしておおきな空間じゃないと思いますが。どうしますか、打ち抜くこともできますが」

「したに大事なものが入ってたら嫌だな……ちょっとどいてくれ」


 歪みの時計は6時を差している。

 おとといのアンデット騒動で多少消耗したがまだまだ余力はある。


 使うのは『勅命の魔法』だ。


「床よ、剥がれろ──」


 言うと床下の底がべりべりべりっと剥がれて、意志をもった生き物のように、めくれあがって、そのしたを露わにした。


「これは……」


 またしても箱を発見し、とりだしてみる。

 緊張しながら開くと古びたノートが一冊入っていた。

 

 ノートを開く。

 最初のページを見る。


 『魔法使い族は死んだ。みんな滅んでしまった』


 俺の字でそう綴られ、かつてのアルバス・アーキントンの日記が始まっていた。

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