『恐ろしく非道な男』アルバス・アーキントン


 巨人の霊峰、そこになにがあるのか。

 解禁されるいにしえの記憶に思いを馳せながら続きを聞く。


「いまから3年前、アルバスさまと我々は巨人の霊峰へたどり着き、その麓にあるドワーフ族の里でこの刃を鍛えたのです」


 言って、クレドリスは腰の剣に手をあてた。 

 日本刀のようなフォルムのそれはこの世界では一般的ではない。

 

「その剣は?」

「波紋刀と呼ばれるものです。この世界に四本、我ら桜ト血の騎士隊のみが持つ魔法の剣です。アルバス様が巨人の山の鋼と煮えたぎる炎で鍛えてくださいました」


 え? 俺がつくったの?


「魔法の剣を鍛えることができるのか?」

「そのことも忘れてしまわれたのですね」

「アルバス様は私たちのまのまえで三日三晩鋼を打ち、この刀を鍛え上げたのです」


 サクラ嬢は波紋刀を「よいしょっ」と取り出し、刀を抜いて見せてくれる。

 複雑怪奇な溝が刀身に彫られている。緻密な溝は適当にほられたものではなく、花と弦の絡み合うかのような豊かな情景を持っている。芸術と武装の融合だ。


 これほどの物を俺が……。


「でも、不思議なことではないのですよ、アルバス様」

「そうなのか?」

「ドワーフ族のだれもマネできない見事な鍛冶仕事も、全種族にあらゆる文明を伝えた賢者の一族ならば、誰よりも上手くこなせるのは道理でありましょう」


 サクラ嬢はほかの誰にも聞こえないよう声をちいさくして言った。

 魔法使い族が文明を伝えたって話は御伽の中でちょくちょく出ては来る。

 だからって俺まで鍛冶ができるとはな。驚きだ。


 てか、こいつら、俺が魔法使いであることを知っているのか……。


「のちにアルバス様は火山に落ちて死んでしましました」

「え? な、なんか雑じゃないか?」

「刀を鍛えたあと、動揺された様子でふらふらとお歩きになり、バランスを崩して、崖から転落、溶岩の大河に飛び込んで以来消息不明でした」


 えぇ……俺の最後すっげえダセ……。

 もっとなんかあったろ。仲間をかばって劇的な死とかさ……。


「それから私がどんな思いで過ごしたかおわかりになりますか?」

「え、えぇと……」

「アルバス様があんな死に方するはずがないと思いながらも、1カ月ほどドワーフの里に滞在し、それでも一向に帰って来る気配などないものですから、諦めるしかなかったのですっ! うぅ、うぅ」


 サクラ嬢は瞳をふるふる震わせて玉の涙を浮かべる。

 波紋刀を抱きしめる。


「この刀を私たちに託し姿を隠されたこと。もしかしたら魔法の剣を鍛えるのにすべての活力を使ってしまわれたのだと思って、何度この剣を折ろうとしたことか」

「アルバス様、お嬢様はあなたを失った悲しみで体重が10kgも増えた時期がありました」


 なにその情報……。俺のせいかな……。


「も、もちろん、いまはすっかり戻ってますよ? こら、クレー、余計な情報をつけくわえないで欲しいのです!」


 頬を染め、サクラ嬢は抗議を視線でクレドリスを非難する。

 クレドリスは涼しげな表情で「して」と改まった。


「アルバス様はなにか思い出しましたか?」

「いや、まったく」


 なんなら、ここまでの話がデタラメでもおかしくないと思ってる。

 とはいえ、流石に穿った見方をしすぎか。

 サクラ嬢そのほか皆さん、俺が魔法使いであることを知っているし、剣術に達者であることも、現在の俺の所感と相違ない。

 きっと彼女たちが語っていることは真実だ。


「それじゃあ、今度は俺の話をするが、あんまり期待しないでくれ」


 俺はグランホーの終地からほど近いグランホーの森林の奥深くにある廃墟の小屋で目覚めたことを告げた。そののち、この町へやってきて、汚い奴隷エルフを拾って、日々虐待しながら調教をほどこしていると正直に話した。


「お風呂にいれて熱々のお湯と白い泡まみれに……!? なんて虐待……」

「傷だらけだった身体をすべすべのお肌に勝手に癒す……! おそろしい虐待です……」

「好きな物をお腹いっぱいに食べさせるとは……っ!? どこまで非道な虐待を……!」

「眠る時はお手々を繫いで恐くないように一晩中握ってあげる?! これ以上聞いていられません……っ!」


 みんな悶えて顔を押さえている。

 どうやら彼女たちにも俺の非動さが伝わったようでなにより。

 俺は優しさとは無縁の怪物だ。損得勘定だけで動くクールな合理主義者なのだ。

 なにより優しいとか勘違いが広まっては困る。本当に困るんだよ。

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