散歩したいアルウさん



 集団墓地でのアンデット騒動から一夜明けた。

 昨夜は冒険者たちにアルウを見られるのが嫌だったのでこっそり集団墓地を壁を飛び越えてぬけだした。『怪腕の魔法』による身体強化を用いればアルウを抱えたまま集団墓地を囲う壁を乗り越えることはさほど難しい事じゃなかった。


 カタコンベの地面に寝かされていたので汚かった。

 ので『人祓いの魔法』で銭湯となった領主の屋敷でのお湯攻めである。

 どんなに嫌がろうとも、熱々の湯を全身にぶっかけ、白い泡塗れになって執拗に身を清めてから風呂をあがってこいと言った。お湯には肩までつかって100秒数えるまであがってはいけないという暗黒のルールも課した。


 かくしてお風呂の刑に処したアルウはホカホカになった。

 気持ちよく宿屋で眠りに熟睡したことだろう。

 なお俺も風呂を借りたり、蔵書を何冊か盗んだりして、個人的に有意義に過ごさせてもらった。俺にとって領主の屋敷はアミューズメント施設だ。 


 ★★★★★

 とても綺麗で、絨毯はふかふかで、お風呂も入り放題。

 蔵書も豊富で読み放題。そのまま持ち帰っても可。

 仕立ての良い服も試着し放題。そのまま着て帰っても可。

 大満足。リピーター必須です。


 というわけで、3日に1回はお世話になっている領主の屋敷でリフレッシュし、俺は昨晩から『死霊の魔法』なるものを勉強し始めた。

 猟犬のコンクルーヴェンが死に際に渡して来た魔導書であり、魔術の魔導書ではなく、魔法の魔導書だったので、役に立つと思い着手した。

 

 俺が『死霊の魔導書』で勉強するかたわら、アルウは人間語を勉強する。

 

「できた……」

「どれ見せてみろ。俺が重箱の隅をつつくように厳しく採点をしてやる」

「うん……ありがと、アルバス」

「感謝をするとは生意気な奴隷エルフだ。この信じられないほど甘ったるいべっこう飴を舐め終わるまで勉強は休憩、いや、禁止だ! これを舐めて口を閉じておけ!」


 言ってアルウにべっこう飴を渡して黙らせる。

 べっこう飴は俺が高級な砂糖を行商人から購入して宿屋のキッチンで煮詰めてつくった物だ。製法はごく簡単なのでだれでもつくれる。


 ふん、こんな安っぽい甘味で大喜びをするとは、所詮は奴隷エルフ。

 さあ夢中になって舐めるがいい。好きなだけ食べろ。たくさん用意はしてある。

 

 俺はアルウの単語テスト100問プリントを採点してやった。

 なおプリントは俺がつくったものだ。

 

 採点が済み、アルウがべっこう飴を舐め終わるのを眺めて待っていると「外行きたい……」と、生意気にもつぶやいた。


「外だと? だめだだめだ。昨日、変なのに攫われたばかりだろう?」

「アルバスと、一緒なら大丈夫……」

「ふん、もしかして、この俺を頼りにしているのか?」


 アルウは大事な俺の財産。

 変なのに危害を加えられたら、どんな損失が発生するかわかったものじゃない。

 しかし、思えばアルウはずっと宿屋に閉じ込めっぱなしだったか。

 生前ニュースで子供を家に閉じ込め虐待する親がたびたび放映された。

 俺はそんな虐待親になってはいないか?

 ええい、虐待上等、奴隷エルフなどとことん酷く扱ってやる。

 

 そう思うと、ふむ、宿屋を放り出して危険な外の世界を味合わせるのもまた一興か。


「いいだろう。外に出してやろう。だが、ひとつ約束だ。絶対に俺の手を離さないこと。いいな? もし離しても遠くにはいくな? わかったな? 絶対だぞ?」

「うん……!」

「よーし、それじゃあ、テスト返却だ。奴隷エルフにしては悪くない120点だ。外出を許可する」


 アルウを連れて階段を降りて1階へ。

 グドがいつも調子で「出かけるのか殺人鬼」と言ってくるが、アルウを見るなり目を丸くした。


「珍しいな。アルウを外に出すのか?」

「わあ、アルバスさんとアルウちゃん本物の親子みたいですね!」

「ええい、うるさい、放っておけ」


 まったくボランニどもが騒がしくて敵わない。


「親子、じゃない……」


 ん、アルウがぼそっとジュパンニを見て言った。

 

「はっ! そうでしたね、アルウちゃんはアルバスさんのお嫁さんですものね!」


 え? そうなの?


「うん……お嫁さん……」

「殺人鬼、おぬしとんだ幼な妻をめとったな……」

「あほなこと抜かすんじゃない。せいぜい親子がいいとこだろ。まったく相手にしてられないな、やれやれ、あー本当にやれやれだ」


 俺は力なく首を振って、宿屋の玄関扉に手をかけようとする。

 が、扉が離れていく。向こう側から引かれ開かれたようだ。

 

 扉の向こう、まだ早朝の涼し気な空気を背負うのは若い女だ。

 思わず息を呑むほど可憐で、桜色の髪をハーフアップにしていた。

 赤色と黒色のゴシック調のドレスは、戦闘仕様なのか豪奢でありながら動きを阻害しないよう煩わしすぎず調整されている。

 なにより目についたのは彼女の胸元。平べったい。ってそうじゃなくて、メダリオンが付いている。白金の縁に深い蒼の金属。形状は冒険者のメダリオンだが……この配色と形状は──S級冒険者のみが装着を許される『アダマスのメダリオン』だと?


「何者だ。俺の宿屋になんのようだ」

「おい、殺人鬼、わしの宿屋じゃろうが!」

「ちょっと黙ってろ」


 別にいいだろ、ほとんど俺の自宅みたいなもんだろ。


 女は目を丸くして、まるで幽霊でも見たように驚愕している。


「そんな……どうして、どうして、生きているのですか……っ」

「いや、理由訊かれてもな……」


 ふむ、人間はなぜ生きるのか、とかそういう哲学的な話じゃない、よな。


「アルバス様! よくぞご無事で!」

「!?」


 見知らぬ女はいきなりガバっと抱き着いてきた。

 ええい、このメス、不審者の類いだったか!

 

 

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