カタコンベの戦い



「あり、ぇない……っ、なんだ、そのパワーは……まさか、貴様、英雄クラスの使い手だったとでも……!?」

「アルウ、大丈夫か。おうちに帰るぞ」

「もしかして……お前なのか? 我が師、屍のクリカットを殺めたのか!? 貴様なのか!?」


 ん? 我が師?


「お前……どうりでスケルトンを操ってるのか」

「っ、やはり、そうなんだな……そうかそうか、ああ、なんという数奇な運命だ。まさか同じ宿で2週間余り同居していたとは……」


 男は血走った眼を見開いて、いまにもこぼれ落ちそうなほどに凝視してくる。


「……。で、師匠の仇でも取るつもりか」

「ああ、もちろんだ!」

「お前には荷が重たいように思えるが」

「この猟犬のコンクルーヴェンは魔術の探求者だ。その最高傑作はすでに召喚してある……よかった、本当によかった。確かにお前は強い。英雄の段階にいる。俺の手には負えない。だが、”こいつも”また私の手には負えないとんでもないバケモノでな、この場にお前の方からノコノコ現れてくれて本当によかった!」

「お前はなにを言ってるんだ?」

「いやなに、召喚儀式は上手く行ってたんだ。ただ、すこし計算違いが起こってな。私の力ではその計算違いを修正することはできなかった。もっともする必要はないのだ。暴走召喚に陥ろうとも、それによって当初予定していあ第四式により呼び出される死霊よりもさらに深き死の番人をこうして呼びだせた!」


 猟犬のコンクルーヴェンなるこけた顔の男は、バっと背後へ振りかえった。


「見よ、これが第五式死霊魔術によって初めて召喚が可能になるおおいなる怪物だ! やつを殺せ、スカルドッグ・ケルヴェロス!!」


 おぞましいうめき声がカタコンベを揺らす。

 次の瞬間、猟犬のコンクルーヴェンが弾き飛ばされた。

 地下墓の壁に叩きつけられ、壁面にべちゃっと紅いシミができる。


「ごブへぇ!?」

 

 血を吐き、ぴくぴくと痙攣し、苦悶の声をあげている。

 召喚者をかるく払い飛ばし現れたのは獰猛な死の怪物であった。

 屍肉のついた巨大犬頭を3つもち、体長8mにも及ぶ巨大な肉体を誇る。

 

「これがスカルドッグ・ケルヴェロス……」

「ぁ、は、はは、きさま、は、しぬんだ、終わり、だ……あはは、は……」


 猟犬のコンクルーヴェンは血だまりの中で邪悪な笑い声をあげた。


 デカく、凶悪な見た目で、本当に強そうだ。

 こんなバケモノ倒せるのか?

 不安になりながら、とりあえず逃げるという選択肢があるかどうか確認するため、後ろをチラとふりかえる。


「ガロロォォォオオ!」


 ケルヴェロスが咆哮をあげた。

 カタコンベの壁からスケルトンが出て来て、入り口に群がり、退路を塞ぐ。

 なるほど、逃がすつもりはないと。

 

 アルウを抱えたままでは不利だろう。

 ちょうど人もいないので魔法を使ってみようか。

 

 確か第五式の死霊魔術で呼び出した怪物とか言っていたか。

 その怪物に俺の魔法が効果あるのかどうか……見て置こう。


 失敗すれば俺が死に、アルウも死ぬ。

 だが、ほかに俺にできることはない。

 

「これで倒せなかったらお前の勝ちでいい」

「ガロロォォォオオ!」

 

 スカルドッグ・ケルヴェロスが突っ込んでくる。

 俺は斬馬刀を放り捨て、両手を叩き合わせた。

 膝を降り、地面をぶったたく。

 

 パキィ……パキッパキパキ


 空気が割れるような音がした。

 直度、周囲を白い霜が覆い尽くし無数の氷柱がとびだした。

 『銀霜の魔法』発動。

 氷柱はスカルドッグ・ケルヴェロスを貫いた。

 骨格を一瞬で凍結させ、脆くなった部位をたやすく崩壊させる。

 

 5秒後には氷柱に貫かれ冷凍保存が完了した。

 3つの頭がコロンっと落ちる。

 カタコンベの地面で割れクラッシュアイスのようにシャリシャリの残骸となった。


 魔法が効いてくれてよかった。

 安心感でホッとする。

 同時に思う。

 もしかしたら俺は、自分が想像しているよりも強いかもしれない──と。


「ば、ば、ば、ば、かな……っ、あ、ありえ、ありえない……ぁりぇるわけ、……五式暴走召喚で呼びだしたアンデットだぞ……ッ、そんな、なんだ、なんなんだ、その氷の威力は……いったい何式の……おまえは、いったい、何者、なんだ……ッ!」


 血だまりのなか猟犬のコンクルーヴェンは顔を蒼白にして、俺のことを畏怖の眼差しで見て来た。


「俺は魔法使い。アルバス・アーキントン」


 言って黄金の懐中時計『歪みの時計』を見せてやる。

 それを見た瞬間、猟犬のコンクルーヴェンは目を大きく見開き、言葉を失った。


「相手が悪かったな。アルウは返してもらう。お前は……放っておいても死にそうだな」

「魔法、使い…………魔法、使い…………本物の、魔法使い……」


 猟犬のコンクルーヴェンは血塗れの魔導書を差し出してきた。

 見やれば涙を流して見上げてきていた。

 息絶える直前、クズは言葉をしぼりだす。

 

「俺の魔術、は……我が、生涯の、奥義は…………どう、だ、った……」

「どうって訊かれてもな……」


 クソと超がつくほどの悪党なのは間違いない。

 間違いはないが魔術師としては、師匠を越えていただろう。

 素人ながらにそう思う。俺は魔法使いなので素人というのも少し違うが。


「よかったんじゃないか。あんたの師匠より凄い魔術だった。正直死ぬかと思った」

「っ、そ、う……か……」


 猟犬のコンクルーヴェンは血と塵のなかで、そのまま静かに息絶えた。

 クソ野郎はどこか満足げな表情をしていた。

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