闇の儀式へ



 若き日の猟犬のコンクルーヴェンはグランホーの終地で、路地裏のゴミを漁って生活をするような浮浪者であった。

 体力にめぐまれず、親にめぐまれず、常にどん底を舐めるかのごとき人生だった。

 

 ある時、師匠の気まぐれで拾われ、そこで魔術なるものを学んだ。

 屍のクリカットは偉大なる魔法使いが遺したという『死霊の魔法』の再現を目指していた。


 当時、メキメキと実力をつけ、『猟犬』の二つ名をささやかれるようになっていたコンクルーヴェンは師匠の大事にしていた『死霊の魔導書』を盗み出した。

 自分こそが師匠の悲願を叶える天の才をもっていると語った。

 

「我が師、あなたは臆病だ。従来の手法ではとうてい魔法に至ることなどできるはずもない!」

「コンクルーヴェン、驕ったか! 貴様のような若造ではまだまだ魔術の深奥は理解できん! いいからその魔導書をかえせ!」


 ふたりは盛大な喧嘩別れをし、結局、『死霊の魔導書』は猟犬のコンクルーヴェンが持ち去ってしまった。












 俺は10年もの月日を掛けて、いよいよ求めた理論をカタチにする手筈を整えた。

 その名も『霊脈法大死霊召喚魔術』。

 大地に流れる魔力の流れたる『霊脈』を利用し、強力なアンデットの召喚と使役を一時的に可能にする大魔術である。


 その準備のために10年を捧げた。

 

 儀式場はグランホーの終地の北にある集団墓地を選んだ。

 古い戦争の名残であるカタコンベが死霊魔術の儀式には適している。

 石灰で巨大な魔法陣を描き、必要な触媒をそろえていく。

 ああ、いいぞ、できた!

 

「いにしえの英雄たちの室、地下に建設された密閉空間、満ちる魔力、十分な死の臭気……星と大地の狭間、冷たい声が聞こえる、ああ、いいぞ、完璧だ、すべてがそろっている、最高の状況だ!!」


 『死霊の魔導書』と最後の触媒を魔法陣の真ん中に設置する。

 布に包まれた触媒は、黒く湿ったなめくじである。

 黒いなめくじは100年前、魔法使い族によって封印されたとされる『魔神』が砕け散った際に生み出された魔神の眷属であるとされている。

 これを手に入れるためにどれほど苦労したことか。

 怪しげな犯罪組織を二つばかりぶっ壊し、闇取引されるところを横抜きして、ようやく我が手中におさまったのだ。これがあればあらゆる魔術を強化し、魔法使い族が誇っていた神秘に近づくことができる。


「魔神の眷属、そして魔法使い族の魔導書。すべてが整った……我が師よ、ご覧ください、これが私の見せる最大の魔術です」


 通常なら三式死霊魔術までしか使用できないが、霊脈と魔法使い族の魔導書、そして魔神の眷属をつかえば四式死霊魔術の領域に踏み込むことができる。

 人類ではきっと俺だけがたどり着く究極の死霊魔術だ。


 ああ、楽しみだなぁ。

 はやく召喚して使役したい。

 だけど、まだはやまるな。

 今の状態での最高だが、もっとベストを尽くせる。

 どうせなら最上のなかの最上を目指そうじゃないか。


 カタコンベを出ると、外は日が落ち、だんだんと夜が勢いを増していた。


「時間も良い。星も出ている。最大のアンデットを呼び出せる……ああ、運もいい。どうして俺はこんなに恵まれていて、そのうえ天才なんだ……スケルトン・ドッグどもよ、入り口を固めておけ。すぐに戻る」


 言って宿屋へと戻る。

 この日のために何日も何日も観察をつづけてきた。

 あのエルフを攫うためだ。

 

「エルフは指数3の神秘適性をもつ種族、やはりここまで来たからにはベストを尽くしたい」


 エルフはここ数日、キッチンで夕餉をこしらえている。

 アルバスとかいう強面の宿泊人はどうやら冒険者らしく、たまにクエストで長い事留守にすることも知っている。この時間ならまだ帰ってきていない。


 やつさえいなければ容易に行動をおこすことができる。


「あ、コンクルーヴェンさん、いま夕ご飯作っていますからちょっと待っててくださいね!」

「あっ……嫌な人……」

「だれが嫌な人だ。はっ、目を合わすたびに腹の立つエルフだな」

「きゃっ! ちょ、ちょっと、なにをするんですか、アルウちゃんに乱暴なことしないでください!」

「うるさいぞ娘! 邪魔をするな! 俺は偉大なる魔術師、猟犬のコンクルーヴェンだ!」


 娘を殴り、気を失わせる。

 やれやれ手間取らせやがって。


「ほら、行くぞ、エルフ。お前のために最高の儀式を用意したのだ」

「いや……やだ、ジュパンニ……っ」


 首を絞めて気絶させた。

 酷くもがいたが殴ってやれば、女なんてだいたい大人しくなる。

 

「俺はピーピー喚くメスが嫌いなんだ」


 縛り肩にかつぐ。

 さあ、カタコンベへ戻ろうか。


「待てぇ、なにをしておるんじゃ」


 キッチンの入り口。

 宿屋の主人が立っていた。

 愛想のないじじいだ。


 じじいは自分の娘が殴られたせいか、酷く険しい顔をしている。


「見られるつもりはなかったのだがな」

「その子を離せ、そいつは殺人鬼の娘じゃろう」

「聞かなかったら?」

「力づくでわからせる」

「まったく、これだから、低能は」

「舐めるんじゃない、わしはこれでも元騎士じゃ、貴様のようなほそっちい男ごとき──」

「スケルトン・ドッグ、やれ」

「っ! な、なんじゃ、モンスターじゃと!?」


 俺は三式死霊魔術を修めた魔術師だ。

 スケルトン・ドッグの三匹同時使役を行える。

 二匹はカタコンベの入り口を守らせるために張り付けた。

  一匹連れてきておいて正解だった。


「ぐあああ!!」


 宿屋の主人はもう用済みだ。

 明日からは別の宿に泊まればいい。

 宿屋の主人がスケルトン・ドッグに噛みつかれ、押し倒されているあいだに、さっさとカタコンベへ戻ることにした。

 

 さあ、来たれ、混沌よ。

 我が魔導の本領、見せてやるぞ。

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