過保護使いと仮病使い
宿屋へ帰って来た。
「1日留守にするとは珍しいのう、殺人鬼」
「グドさん、うちのアルウに変なことしてないですよね」
「娘より若い子に手をだすか。あのエルフならジュパンニがずっと構っておるわい」
カウンターで頑固クソじじいと挨拶し、部屋へ戻ると、ジュパンニとアルウがなにやら紙とペンで作業をしていた。
「あ。帰って来た……っ」
アルウが駆け寄って聞いて、ボフっと抱き着いてくる。
「アルバス……どこ行ってた……どうして、帰ってこなかった……?」
あう、あう。心が痛い。
「すまない、だが、お前のためなんだ。さあ、もう安心だ、これを飲むんだ」
「これ……苦いやつ、やだ……」
「だめだ、飲むんだ。これはお前の商品価値を高めるうえで必須の秘薬。病気で死んだエルフなぞ、どんな変人も欲しがらない」
「アルバスさん、それ第三式のお薬ですか……!? どうしてアルウちゃんに?! なにか重篤な病気なんですか?!」
「アルウは謎の病に侵されている。連日、苦しそうに咳をしていたのが証拠だ」
「(あ、あれぇ……そのこと? 昨日のお昼に風邪薬飲ませて、いまはすっかり良くなったこと言わないほうがいいかなぁ……)」
薬を嫌がるアルウの口に無理に薬をいれようとする。
なんだがジュパンニが「アルバスさん、どんだけ過保護なんですか……っ」と悶えるような眼差しを送ってくるが、なんだと言うんだ。
「俺が過保護だと? 馬鹿を言え」
「実はアルウちゃん、昨日のお昼に風邪薬飲んで、いまはすっかり元気になってます……」
「……」
なんだと……。
まさか俺のはやとちりだったとでも言うのか?
くっしかし、それを認めるわけにはいかない。
「ふぅん、そんなこと知っていた」
「え? そうなんですか?」
「ああ、もちろんだ。俺は奴隷エルフにだれが主人なのかをわからせるため、あえてこの超苦い薬をもってきたんだ。これを無理やり飲ませることで、アルウは自分が奴隷だと言う事をいまいちど認識するだろう?」
「アルウは……奴隷……」
「そ、そうだ。お前は俺の奴隷だ。それがわかったのなら、この苦い薬を飲む必要はなくなったな。よし、これはいつか重篤な病に罹った時のためにとっておこう。さあ、ジュパンニ、部屋を出ていけ、もう俺が戻ったからには看病は必要ないぞ」
「だめですよ、アルウちゃんはいまはお勉強中なんです!」
「お勉強だと?」
「うん……人間語、勉強してるの……わたしは、読み書きできない、から……」
異世界には沢山の種族が生きている。
人間族、ドワーフ族、エルフ族、狼族、猫族、悪魔族、魚人族、巨人族──そういう種族たちは基本的にその種族間で共通言語を利用する。
別の種族とかかわりを持つ者だけが、ほかの言語を学ぶ機会を得る。
アルウは人間族のなかでただひとりのエルフ族だ。
ここが人間族の国なので当たり前だが。
アルウ自身は語りたがらないが、十中八九、彼女はエルフのコミュニティから攫われて売り飛ばされたエルフだ。だから言葉もなにもわからないままなのだろう。
「あ、そうだ、アルバスさんがお勉強を教えてあげたらどうですか?」
「俺が? ふざけるなよ。誰がそんな面倒くさいことするものか」
俺が勉強を教えた場合のメリット。
なし。
俺が勉強を教えた場合のデメリット。
時間を奪われる。
冷徹なるクールガイである俺は、無駄な労働も、無駄な出費も、無駄な時間も大嫌いなのだ。
しかし、ふと、考える。
人間語の読み書きをできるエルフとなれば、さらに稀少価値はあがるか。
そうすればアルウは控えめに言って世界で一番可愛いだけでなく、賢くもなる。
「ええい、そんな教え方じゃだめだ、ここからは俺が全部教えてやる。ジュパンニ貴様は下がっていろ」
「はぅ、アルバスさんがどこまでも娘のために尽くすように……! わかりました、あとはお任せします!」
言って、夜遅くまで俺たちは机にむかった。
「べっこう飴、食べるか? 甘くて美味しいぞ」
「アルバスと、半分こ……」
「俺はいらない。好きなだけ食べろ。全部食べろ。お腹いっぱい食べろ」
この子は笑顔というものを浮かべないが、黙々とべっこう飴を口に運んでいるのを見れば、アルウが飴を大変に気に入ったのはわかった。
そろそろ、ろうそく一本燃え尽きそうだ。
寝るにはよい時間だろう。
「アルバスと、長くいっしょにいられる……嬉しい……」
アルウはぎこちなく言う。
表情は相変わらず硬いが、喜んでいるのはわかる。
ふん、しかして、一緒にいるだけで嬉しい……か。
単純なエルフだ。
だが、これは使える習性だろう。
幸福度があがればそれだけ心身ともに健康となる。
不健康なエルフより、健康なエルフのほうが価値が高いのは
うん。となれば、ずっと一緒にいてやらねばなるまい。利益の追求のためにな。
「よし、今日はもう寝るぞ。さあ、手を握っておいてやるからはやく寝ろ。いっぱい寝て、元気になるんだぞ」
「……けほけほ。わたしはすこし調子悪い、かもしれない……アルバスの魔法が必要……かもしれない……」
「ええい、仕方のないやつめ」
アルウが弱音を言うので、仕方なく、本当に仕方なく『抱擁の魔法』を使ってやることにした。まだまだ痩せていて、弱っちい娘なのだ。ぽっくり言ってしまったらこれまでの投資がパーになってしまう。だから、本当に仕方なく抱きしめるのだ。
よく眠ってしまへ。
良い夢でも見てしまへ。
────
ああ、いいぞ。
クソみたいな町だが、相変わらず霊脈だけは質がとてもいい。
これならばこの俺『猟犬のコンクルーヴェン』の死霊魔術も本領発揮できると言うものだ。
ははは、楽しみだなぁ……っ!
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