魔法の勉強


 グランホーの終地に帰ってきた。


「ありがとうございます、アルバスさん。おかげで貴重な薬草がたくさん集まりました!」

「仕事だからな」

「『この薬草はどうだ? こっちはどうだ?』ってすごく熱心に働いてくれて、すごく助かりましたよ!」

「仕事だからな」

「あれー、でも、仕事は護衛だけではー?」

「はやく帰りたかったんだ。喋ってないでさっさと、第三式:応用薬を調合しろ、このそばかす女」


 ヤクは「はーい」とこっちを見透かしたように言って、薬屋へはいっていく。

 俺はいまのうちにギルドに報告に行こう。

 まだ明るい。

 夕方には応用薬を受け取れるだろう。


「ひぇええ! 1日来ないと思って油断してたらお昼過ぎに殺人鬼さんが……!」

「そんな驚いてて疲れないんですか。はぁ、とにかくクエスト達成の報告を」


 いつもの受付嬢が「ふぇえ」と、涙目になりながら手続きをしてくれる。俺の顔凶器すぎないか。

 

 ギルドで報告を済まし、1,400シルクを受け取り、薬屋へと戻る途中、見かけない馬車が止まっていた。

 話を聞くと旅の行商らしい。店を開いているとのこと。出店というやつだろう。


 なにか面白いものがあるか期待して見てみる。


「や、やぁ、お兄さん、まさかショバ代が必要だとは思わなくて……許してください、命だけは勘弁してください!」


 ヤクザじゃないのですが。


「安心しろ。善良なる市民だ」

「またまた、御冗談を」

「善良なる市民だって言ってるのが信じられないのか? ぶっ殺すぞ」

「ひやぇああ!? お助けを!!」


 だめだ。ちょっとふざけるともう即事案になってしまう。

 迷惑そうなので、立ち去ってやることにする。

 その際、


「さあどうぞ、お好きな物を持っていってください……!」


 と命のかわりに品物を差し出して来たので、本を一冊いだだくことにした。


 薬屋に戻る。


「あ、まだ、しばらく時間かかりますけど」

「いい。ここで待つ」


 ヤクと祖母の薬屋『ゲーチルの薬屋』の店内で、さきほど買った本を開く。

 古びてかび臭い本で、タイトルは『魔術の諸歴史 初版』である。

 記憶が吹っ飛んだせいで、異世界でのことを多くを忘れているので、こうして機会があれば意欲的に情報を頭にいれることにしている。

 

 内容のほとんどは俺がすでに学びなおしたものだった。

 質屋で聞いた話も魔術師という生物の稀少性についても載っていた。


 目新しい情報は魔術にはその神秘の叡智に近づくにつれ”式”と呼ばれる段階が定められているとのこと。

 第1式からはじまり、第10式で究極になるとされるらしい。

 ただ、後半──第5式以降──に関しては、実際に存在しているのか定かじゃないとか、この本も表現を濁していた。

 もしかしたら、第5式~第10式の最高難易度の魔術を使えるものは滅多におらず、廃れてしまっているのかもしれない。


 ここで気になるのが、神秘の叡智に近づくにつれ式の数字がおおきくなるのなら、魔法使いが使う魔法は式的にはどれくらいのものなのだろうか、というもの。


 魔術というものは、元々は魔法使いの業なので、決して安いことはないと思う。

 屍のクリカットが40年修業したとか言ってたわりには、あんまり凄い魔術を使ってこなかったが、あれは何式の魔術だったのだろうか。

 自分が神秘の使い手としてどれくらいの位置にいるのか理解することは重要であろう。それによっては身の振舞い方は変わってくるのだから。


 魔法魔術の知識に興味がわいてきた。

 いつかまた本を見つけて読んでみようと思う。


 




「第三式:応用薬ができましたよ」

「ありがとう。15,000シルクだったか」

「お代はいりません。アルバスさんにはお世話になりましたから」

「いいのか?」

「はい、おばあちゃんもアルバスさんことは認めてくれて……あ、おばあちゃん」


 店の奥から、腰のまがった老婆が出て来る。

 この婆さんがゲーチルか。


「ふむ、本当に殺人鬼みたいな顔だねえ」

「老い先短い命をもっと短くしたいのか」

「娘が世話になったみたいだね。ほら、こいつはおまけだ。大事な娘さんがいるんだろう?」


 言って、ゲーチル婆は琥珀色の石を渡してくる。


「なんですか、これは」

「べっこう飴と言う貴族の食べ物さ。子供に食べさせておやり」


 べっこう飴、お前、異世界じゃずいぶん出世したな。


「ありがたくいただく」


 アルウ、喜ぶかな……。







 ────







 鴉鳴く魔術師の館に久しぶりに足を運んだ。

 10年ぶりに帰って来たのは、私の魔術の成果を伝えるためだった。


 そこで我が師『屍のクリカット』さまの遺体を発見した。

 死霊魔術の天才とうたわれ第三式魔術にまで辿り着いたお方が……死んでいた。


「いったいどこのどいつがこんなことを……!」


 スケルトンの3体同時使役。

 世界にこれほどの死霊魔術を使える魔術師は片手で数えるほど。

 それほどの才能を摘んだ愚か者には報復をせねばなるまい。


「待っていてください、我が師よ。必ずやこの『猟犬のコンクルーヴェン』が仇をとってみせましょう」


 愚か者はグランホーの終地にきっと潜んでいる。

 必ず後悔させてやる。待っていろよ。

 

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