抱擁の魔法



 宿屋に帰着。

 相変わらず不愛想な親父グドと一言二言かわして、さっさと部屋に戻る。

 アルウはベッドにちょこんっと座っていた。

 俺が帰って来ると。顔をあげ、すこし表情を明るくした。

 

「おかえり……アルバス……こ、これ」


 すくっと立ちあがり、渡してくるのはチャームだ。

 数日掛けて試作を繰りかえし完成にこぎつけたらしい。

 

「これ……『啓示のチャーム』……こまった時、なにか、ひらめきがあるかも……」


 啓示のチャーム。

 聞いたことないが、せっかくアルウが作ってくれたんだ、いただいておこう。


「ありがとう」

「…………うん、これしか、できない……」

「十分だ」


 チャームをさっそく胸ポケットに入れておく。

 もしかしたら心臓を撃たれた時に弾を防いでくれるかもしれないしな。

 ……まあ、銃で撃たれるシチュエーションがこの世界にあるかは怪しいが。


「アルウ、俺からもひとつ贈り物だ」

「……贈り物」


 俺はアルウの手を取る。

 小枝のように細い痩せた指。

 ローブから腕をひっぱって出せば、そこにはいくつもの虐待の痕。

 傷をうえからそっとなぞる。

 アルウはサッと腕をひっこめた。


「『抱擁の魔法』というものがある。それは癒しの神秘で──」


 『抱擁の魔法』について説明すると、アルウは目を爛々と輝かせた。

 翡翠の瞳に色が鮮やかに戻っていくのを見て嬉しい気持ちになった。

 あらゆる傷を治すことができる──古傷も新しい傷も──と知れば、希望を抱いて当然だろう。


 ただ、一点、ちょっと気になるのがこの『抱擁の魔法』、特別な符号をもちいた魔法なのだ。


 魔法は必ず、符号をつかって発動する。


 『人祓いの魔法』なら、手の甲に人差し指を立て、クルリっと円を描く。

 『錯乱の魔法』なら、対象の生物の眼をじーっと見つめる。

 『銀霜の魔法』なら、胸の前で手を叩き合わせ、次に地面を思いきり叩く。


 そして、『抱擁の魔法』は……抱擁しつつの一晩の同衾どうきんだ。


「…………いい、の?」

「それはこっちのセリフだと思うが」


 年頃の女の子を抱きしめて眠るなんて、普通に嫌がられるのは確定。

 金すら要求されかねない事案だというのに。


「……わたしは、きたない……アルバス、は、そこまで、しなくても……」

「全身の傷がなくなればアルウの商品価値は跳ね上がる事だろう。素材が最高級に美しい娘なのだ。お前がなんと言おうとも、俺はお前を抱きしめる。それが利益の追求ならばな」


 言ってアルウをそっとベッドに押しこむ。

 布団をかけ、そっと手をまわした。

 アルウは身動き一つせず、ずっと反対側へ顔を向けていた。

 思えば女の子とこんなことをするのは初めてだ。


 え? 俺が童貞かって? 

 はは。面白い質問だ。……あえて答えないというのもまた一興だろう。







 


 アルウが腕のなかでもぞもぞし始めた。

 結局一睡もしせず、ずっとアルウの頭を撫でてあげてたら、窓の外が明るくなって小鳥がちゅんちゅん鳴いていた。


 アルウは寝ぼけまなこでこちらを見て、ハッとしてローブから腕をだした。

 傷だらけだった彼女の皮膚はいまや赤子の肌のようにとぅるとぅるだ。

 

「本当に傷跡が……っ」

「魔法は作用したようだ。よかったな、アルウ」

「……うん」


 アルウはそっと体重を預けて来た。


「寝ぼけているのか。邪魔くさいので振り払いたいのだが……」

「……ありがとう、アルバス」


 ふん、これくらいは許してやるか。

 傷が治ったということは商品価値は今までの10倍は固い。


 しかし、ひとつ問題を解決したらまたひとつ問題が浮上する。

 この宿屋のベッドこんなに硬かったか? 

 これでは大事なアルウが気持ちよく寝れているか心配だ。

 もしかしたら寝心地が悪いのに、無理して眠っているんじゃないだろうか……?

 俺はこの子に我慢させているんじゃ……。


 もっと柔らかいおふとぅんを見つける必要があるな……急務だ。

 本当に世話のかかるやつだ。まったく。まったく。なんて仕方ないやつなんだ。

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