大蛙の剣客
徹夜で魔導書を読み込み、その術理と、宇宙との対話の仕方を学んだ。
必要なのは理解だ。
星の読み方と、魔法法則の原理原則への理解。
法則の彼方よりおとずれる現象への理解。
巨大な深淵の底から吹き上がる冷たい吐息と、空の彼方より降り注ぐ星の雨こそが魔法使い族のあつかう神秘の源流に位置するのだと知らなくてはならない。
偉大なる一族のたどった軌跡、その一端を俺は学んだ。
徹夜続きの3日目。
『抱擁の魔法』を習得した。
さて宿屋に帰ろうか。
俺は腰をあげてギルドの酒場、その隅っこの席を立つ。
なんで酒場で勉強しているのか。
自宅にずっといると家族にうっとおしがられる父親というのがSNSでホットになったことがある。なんでかは知らないがそのことを思い出したら、ずっと宿屋にいる気が失せた。なんでかは本当にわからない。
誰かに魔法を勉強しているところをのぞかれる心配こそあるが、案ずることなかれ、俺はちまたじゃ連続殺人鬼とされているので誰も近寄ってこない。
治安の悪いグランホーの終地で起こる殺人の半分は俺のせいにされているくらいだ。犯罪界のナポレオンかな。
外に出るとすっかり暗くなっていた。
はやく宿屋に戻ろう。アルウが待っている。
「ようやく見つけたぞ。てめえ」
宿に戻る道すがら声をかけられた。
熱心なファンだろうか。
「皮剥ぎの殺人鬼アルバス・アーキントン」
「うーん、人違いですね。さようなら。ごきげんよう」
「待てよ! てめえを始末しにいった弟分たちが帰ってこなかった」
「そうなんですか」
「そいつらよ、路地裏で死んでたんだよ」
「お気の毒に」
「なんか言う事あんだろ」
「ないですよ。ひとつも」
「そうか……もしてめえが泣いて詫び入れるんなら俺も寛大に受け入れてやろうと思ったがよ……そういう態度じゃ仕方ねえな、このイカれた殺人鬼が」
悪党は口笛を吹く。
すると、わらわらと建物の影から世紀末のチンピラみたいな野郎どもが湧いてきた。
合計6人。
前回より100%増量チンピラだ。
そのなかでもひときわ存在感を放っているやつがいる。
黒い衣に身をつつみ、冷たい眼差しをした剣客だ。
白刃を抜き放ち、たたずむ姿には覇気が宿る。
他とは違う。
「あのお方はかの剣聖流の有段者であらせらるぞ!」
「グランホーの大蛙が誇る4人の先生のなかでもとびきり冷酷なお方さ!」
「グランホーの大蛙? それがお前たち頭悪そうな輩の仲良し会か?」
「ッ、馬鹿が! 余計なこと喋ってんじゃねえ!」
「す、すまねえ兄貴!」
素直なやつらだ。
一閃。剣が振り抜かれた。
暗闇のなかで刃が鈍く煌めき、悪党の首がひとつ落ちた。
「どいてろ、邪魔だ、お前たち」
「ひ、ひえええ!? も、申し訳ございやせん!」
仲間の首を平気落とすタイプだ。
剣の先生とやら、冷酷というのは本当らしい。
皮肉にもいま生首になった奴が言ってた情報は正しかった。
「俺は『北風の剣者』ウィンダールの弟子。お前の首もらい受ける」
「ちょっと話とかする猶予はないのか」
「必要はない。俺の雇い主はお前と交渉することを望んでいるんじゃない。ただ死を求めているんだ」
「そうか」
剣客は刃を素早く斬り下げてきた。
せっかちな奴だ。
俺は後ろへ下がり間合いから逃れる。
近くで試合観戦キメこんだ悪党の背後へまわり、首をへし折って、人形のように崩れ落ちる手から、錆の浮いた汚い剣を奪う。
「うひゃええええ!?」
「な、なんだこいつの動き!?」
俺も知らん。
でも、身体が動くんだ。
動きを覚えていると言うかな……。
「面白い、楽しくなってきたじゃないか」
言って、剣客は深く踏み込むと、大上段からの刃を叩き落として来た。
斬撃を受け流し、隙をついて腹をかっさばく。
「ッ、こいつ……ッ」
「そんな力むなよ」
俺は剣をふり、血のりを払う。
剣客はどくどくとあふれ出る傷口を押さえた。
勝負はあった。
「俺が、殺人鬼ごときに、遅れをとるはずが……っ、お前、何者だ……っ」
「死人が知ってどうする」
言って剣をふる。
剣客ののどを開いて、血潮を溢れさせ、永遠に黙らせる。
「う、うそだろ……て、てめえ……あの先生を……」
「やばすぎる、なんなんだよ、この野郎は……!」
残りの悪党どもを続けて斬り伏せた。
最後にひとりだけ残して、そいつだけは斬らない。
一応、悪党のなかじゃリーダーっぽかったやつだ。
「お前にはあとで仕事を用意してある」
「んんー! んんぅんー!」
きつく縛り上げ、猿轡をし、そのうえで気絶させた。
いい加減、付きまとわれたら面倒なことになる。
俺の名前も知っていたし、もしかしたら、アルウに危害が及ぶかも……。
それだけは許さない。
グランホーの大蛙とか言ったか……いまのうちに潰しておこう。
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