抱擁の魔導書
「魔法……使い……?」
屍のクリカットは乾いた笑みを浮かべる。
「魔法使いだと? お前が……ありえない……ありえない……ありえない……わしの40年がこんなところで終わるなんて……そんなことあってはならないッ!」
「40年かけて骸骨を3体操るのが精一杯か。虚しくないか」
「……ッ、ぎざま゛こ゛ろ゛し゛て゛や゛る゛ぅウ!」
言って、短剣を抜き、ヒステリックに叫びながら斬りかかって来た。
かわして腕を取り、もつれながら倒れ込む。
武装をとりあげ、代わりにクリカットの胸へ短剣を突き刺した。
動かなくなり、白目を剥いた。
死んだか。
魔術が思ったよりショボい。
いや、それともこのクリカットとか言うクソ老人が才能無いカスだったのか?
今となっては知るよしもないが。
俺はクリカットの館を片っ端から調べ、魔導書がないかを探した。
求めるのは魔法使い族が残した魔導書。
クリカットの家からは3冊ほどの本が見つかった。
すべてがリンディスファーンの福音書のごとき重厚さで、カリグラフィーを用いられて書かれた一点物の本だった。本のページには羊皮紙を使っている。
手作業で作本されたのだろうと思われる。
異世界において本自体が物凄く貴重そうだ。
3冊のうち魔術に関するものが2冊。
そして、魔法に関するものが1冊あった。
幸運なことにその魔導書は癒しに関する魔法について書かれていたので、さっそく持ち帰ることにした。
魔術に関する2冊は質屋に売り払うことにした。
質屋は俺の顔を見るなり、恐怖に震えあがったが、買取を拒否されることはなく、なんと20,000シルクもの価値をつけてもらえた。
ただ、ぼったくられたのか、ぼったくられてないのかはわからない。
「お前、俺を騙そうとしてるんじゃないだろうな」
「ひぇええ! ま、まさか! そんな訳がありません!!」
「これは魔導書だぞ。見ろ、すべてが手作り。そして内容は神秘の智慧を伝えているものだ。もっと値打ちがあるはずだ」
「いあ、あの、その、まったくあなた様のおっしゃる通りなのですが、私の経験上まだ魔術師というものに会ったことがなくてですね──」
話によれば魔術師という生き物は、存在こそ囁かれているものの、実際はまこと珍しい奴らなのだと言う。
興味があったのでそのまま質屋の親父の話を聞いていると、どうにも魔術師になるためには、もとから巨大な才能が必要であり、そのうえで長きにわたる知の研鑽を積まなくてはならないのだと言う。
「伝説の魔法使い族が他種族に分け与えたエレメント、その力をあつかえるのはほんの一握りだけなんですよ、旦那」
そのため、魔導書と言われたところで、多くの人間にとっては何の役にも立たないらしい。
ふむ。勉強になった。
100シルク硬貨を1枚渡してお礼をし、俺は質屋をあとにした。
宿屋に帰宅。
部屋に戻るとアルウが椅子に座ってなにかをしていた。
フードを目深にかぶり、手元でごにょごにょ。
「……あ、アルバス」
言ってすこし恥ずかしげに「……お、おかえり」とつぶやく。
心がポカポカする。ええい、やめろ、この感覚。
「なにをしているのか、教えてくれるか、アルウ」
「うん……これ。……エルフ族のお守り……」
手元を見せてくれた。
枯れ枝を繫ぎ合わせ、小石と小鳥の羽根を紐で器用に留めている。
「へえ、綺麗だな」
エルフ族はチャームと呼ばれる特別なお守りをつくることができるらしい。
チャームは魔法のお守りだ。
魔法のお守りは所有者にさまざまな恩寵をもたらしてくる。
「いいことだ。自分にできるベストを尽くせ。アルウは人間の世界では常に危険にさらされてるんだからな。身を守るためならお守りでもなんでも作るんだ」
「……これ……アルバスの」
「……。俺にくれるのか?」
「…………うん。まだできてない、けど」
言ってアルウはうつむき、もにょもにょと作業を再開した。
思春期の娘に嫌われる父親が、久しぶりに話しかけられ、また悪口を言われるのかと思っていたら「今日、誕生日でしょ」と、そっけなくプレゼントを渡される。
なんでしょうか。
そんな気持ちになった。
これは一体……。
俺は向かい側の椅子に腰かけ、魔導書を机のうえに広げる。
表紙には『抱擁の魔導書』と書かれている。
いかなる魔法を覚えられるのか。
俺はこいつを使ってお勉強タイムを開始させる。
勉強なんて大学生の時以来だ。
アルウとふたり静かな昼下がりを過ごす。
キコキコとアルウのチャームづくりの音だけが部屋にしみいっていた。
こんな時間も悪くない。そう思った。
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