魔術師の館



 アルウという娘は大変に素晴らしく美しく育つだろうと思われる。

 というかすでに美しく育っている。世界一くぁいい。


 ただ、俺の使ってたローブを全身に羽織り、傷を気にしている素振りを見るかぎり、彼女は己の身体に刻まれたそれらを疎ましく思っているのかもしれない。


 彼女の身体の傷は古く、長年にわたり受け続けた暴力の痕跡を消し去るのは尋常の手段では難しいように思う。


 そこで俺は恵まれた才能である魔法をもちいて彼女を治してやりたいと思ったわけだ。

 別に彼女のためではない。

 彼女の商品価値があがることは、すなわち将来的に懐に入るシルクの量が増大するということ。すべて俺のための行動だ。優しさなどではない。


「アルウは宿にいろ。寂しくなったらジュパンニにでも頼ると言い。宿屋の親父のグドには近づくな。あのじじいはいつも不機嫌だ」

「アルバス、は……どっちに……?」

「俺は仕事にいく。夜には帰る」

「わたしも……いっしょに……」

「お前になにができる? 邪魔だからここにいろ。勝手に出歩いちゃだめだ。この町は変なのが多い。いいな、絶対に出歩くなよ。ぜーったいにだ」


 言って俺は宿屋にアルウを送り届け、ギルドへと赴く。


「魔導書が欲しい。どこにいけば手に入る」

「ひええ! また殺人鬼さんが……!!」


 いい加減に慣れろよ。

 いつまでも新鮮なリアクションしやがって。才能あるなおい。


「ま、魔導書ですか? そのようなクエストは特に……」

「なにか情報はないか。クエスト『魔導書を探せ!』とか」

「いえ、そういう依頼は特には……」

「依頼じゃなくてもいいんだ。噂とかでも。古い魔導書であるほどいい。そう、例えば魔法使い族が残したものとかだったら最高なんだ」


 この世界に魔法使い族はたぶんいない。

 うっすらと残された記憶がそれを伝えている。

 ただ、神秘の学術体系が完全に失われたわけじゃない。

 かつて魔法使い族はその叡智からなる技を他種族にさずけた。

 それらは世に魔術師を誕生させ、魔法とは違う魔術という神秘を生み出した。


 これら諸神秘の知識を伝える本を魔導書と呼ぶ。

 魔法に関する知識が書かれた物は、すなわち魔法使い族が遺した魔導書だ。

 それはきっと俺の役に立つ。

 

「うーん、魔導書なんてまったく聞きませんね……」


 情報は無し、か。


「あ、でも、魔術師がこの町のはずれにいらっしゃるとは聞いたことがありますね」

「魔術師?」

「はい、なんでもかなり偏屈な老人だそうで、外れの家に近づいただけで物凄い剣幕で追い払ってくるそうです。何度か冒険者の方たちが不思議な術で追い払われたとか恐がってました」

「ふむ。それは期待できるな。助かった」


 俺は100シルク硬貨を1枚カウンターに置いてギルドをあとにした。


「わあ、お心遣いありがとうございます」


 しまった。

 現場監督者の癖でついちょっとしたお礼をしてしまった。

 工事現場では職人さんにお小遣い渡すのがもはや当たり前みたいになってたからな……。


「アルバスさんアルバスさん、実はその家に侵入したという勇敢で馬鹿な冒険者の話によると、老人が大事そうに魔導書を抱えていたのを見たとか、なんとか……酔っぱらいのホラ吹き話に混ざって聞こえてきた話なので信憑性はあやしいですけど」

「いいや、助かるよ。そういう情報が欲しかったんだ」


 ふむ。小銭でも渡してみる物だな。


 俺は受付嬢より仕入れた情報をもとにグランホーの終地のはずれ、とりわけ寂れた街並みの奥地にある怪しげな館へとやってきた。


 これが噂の”魔術師の館”か。

 雰囲気は抜群にある。


 門に近づく。

 錆びついた鎖でぐるぐる巻きにして施錠どころか封印されている。


 見たところほかに入り口はなさそうだな。

 俺は門によじのぼり、ひょいっと中へ。


 枯れた花壇のならぶ死の庭園、

 昼間なのに薄暗い庭を抜けると館についた。


 カラスが「カァーカァー」と鳴いている。

 扉をノックする。

 もう一回ノックする。

 さらにもう一回。


 あ、開いた。


「あの門が見えんかったのか? まさか乗り越えて入って来たわけじゃあるまいな?」

 

 言いながら顔を出す枯れ枝の老人。


「門が開かないんだ。仕方ないだろう」

「あれは拒絶の意じゃて。見ればわかるじゃろう。わしは誰にもこの地に足を踏み入れて欲しくないんじゃ。わかったら帰ってくれ」

「そうはいかないさ、ご老人。話だけでも」

「帰れ」

「魔導書を持ってるんだって? 俺は魔導書を求めてここに来たんだ。すこしだけ目を通させてくれないか? ちょっとでいいんだ」

「……。ほう、お前さん、魔導の道に興味があるのか?」


 喰いついた。


「そうなんですよ。俺も魔法使い族みたいに魔法を使いたいなって」

「…………来い」


 家に通してもらい、客間でお茶を出される。

 出されたお茶が黒く濁っていたので飲むのは遠慮した。


「おぬし名は」

「アルバス・アーキントン。あなたは」

「クリカット。屍のクリカット、などと以前は呼ばれていた」


 屍? 不気味な二つ名だ。

 このじいさんも正直かなり気味が悪い。

 さっさと用事を済ませよう。


「それで魔導書はどちらに」

「……今持ってきてやるわい」


 言って老人は立ち上がり、向こうへ行き──立ち止まる。


「魔法使い族のようになりたいじゃと? 貴様のような、神秘のなんたるかも理解せぬ若造が? あはははは、かはははッ!」

「……」

「笑わせてくれるのう……久々にうずいてきてしもうたわ」


 客間の床木がベキベキと割れ、その下からスケルトンが湧いて出て来る。

 その数、実に3体。


「偉大なる魔法使い族、その神秘の継承者、この屍のクリカットがいま痴れ者を捧げます。どうかご照覧くださいませ」


 俺はポケットより『歪みの時計』を取りだし、時間を確かめる。

 歪み時間は7時を示している。

 猶予は5時間。ふむ。使っても平気か。


 スケルトンたちが襲ってくる。

 俺は時計をポケットにしまう。

 

 両手を胸の前で叩き合わせ、次に右手で床を思いきり叩いた。

 符号は成った。

 『銀霜の魔法』が作用する。


 床下から冷気があふれだし、数十本の氷柱がスケルトン3体を粉々にくだき、凍結させた。


 屍のクリカットは目を丸くし、口をポカンと開ける。

 瞳孔は動揺に震え、表情に恐怖があれふだす。


「あ、ぁぁ、あり、ありえ、ない……っ、あり、えない……っ! わ、わしが、40年かけてたどり着いた、死霊魔術の奥義が……! な、なんなんだ、お前、は!」

「アルバス・アーキントン。魔法使いだ」


 白い冷気をフゥーっと吐き出しながら言った。

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