綺麗だ……



「ひぇええええ!!?」

「や、やべえ、やばすぎる……っ!! なんだ、こいつァ!!?」


 短剣を取りだし、動揺している悪党の脇腹をぶっ刺す。

 そのまま捻り、傷口を広げると痛みに暴れ出した。


「や、やめろおおお!!」

「仲間思いだな。その優しさ、付け入られるんじゃないか」


 言いながらいましがた脇腹を突いた男から剣を奪い、仲間を助けるため斬りかかって来たもうひとりへ向き直る。

 剣を弾き、返す刃で肩口からばっさり腕を落とす。

 叫ぶ暇を与えず、斬り返して喉をシュっとやってトドメを刺した。


「な、な、なんなんだ、て、てめえは……ア……」

「俺も知らん」


 言って最後のひとり、その喉に剣を突き刺し、墓標として争いを終結させた。



 ────



 どうにも俺と言う人間は剣の扱いが上手い。

 前世では高校時代に体育の授業で剣道をやったことがあるが、道着が熱くて臭かったという記憶しかない程度には剣の道に興味がなかった。


 おそらくはこの剣術、今世で身に着けた術理だろうと思う。

 身体が覚えていたおかげで助けられた。


 しかして、これで5人目も人を殺めてしまった。

 このままじゃ人相がもっと悪くなりそうだ。

 

 俺はシャツに跳ねた返り血をそのままに冒険者ギルドへ向かった。

 この町じゃ暴力沙汰なんざ珍しくもないので、どこかで喧嘩をしてきたのだろうと思われる程度で済む。

 もっとも全身血まみれだと流石にそうはいかないし、騎士団も形式上の仕事はするだろうが、返り血はできるだけ浴びないように気を付けたので許容範囲だろう。


「ひえ! また人を殺して……!」


 受付嬢の反応にこっちがビビるが、これは俺の顔に恐れおののいているだけだな。

 ビビらせるんじゃないよ、まったく。


「クエストを頼む」


 その日、俺はまた野ブタを狩り、お肉を補充しつつ、お金を稼いだ。

 現在の所持金は1,200シルクだ。なかなかの小金持ち気分。

 

 その晩、俺は白いパンを買って帰った。

 アルウの喜ぶ顔を思い浮かべると、不思議と笑みがこぼれた。


「今日は白いパンだ。それを腹に詰め込め。これは命令だ」

「……う、うん(もぐもぐ)」


 もうひとりでパンをちぎって口に運ぶことができるようになった。

 回復の兆候だ。ホッとする。


 3日前と比べると、ずいぶんと肉付きがよくなった気がする。

 こけた頬はすこしだけ赤みを取り戻し、くぼんだ目も色を取り戻しつつある。

 緑色の髪も心なしか鮮やかになった。

 睡眠をとれたおかげだろう。

 

「そろそろ、次のステップか」

「つぎの……?」

「ああ。次なる商品価値向上としてアルウのひどい髪をどうにかする」


 アルウは最悪の状態だった。

 死の一歩手前、生物の尊厳が失われた状態。

 

 そのためまずは腹を満たさせた。

 睡眠もとらせた。

 死からは遠ざかったように思う。まだ油断できないが。

 確実に回復はしている。


 次は生物としての尊厳を取り戻す。

 というわけで、シラミだらけの髪を洗おうと思う。

 そして、もうひとつ。

 

 アルウは当初、ぼろ布をまとっていただけなので、緊急的な処置として俺のローブを着せていた。

 ただローブは裸のうえに着る物ではない。前世の世界ではそれは露出狂の標準装備となんら変わらない。

 アルウをいつまでも露出狂予備軍にしておくのは忍びない。

 

「アルウ、歩けるか」

「……うん、あるけ、る」


 アルウは俺の手を掴みながら立ちあがる。

 この世界ではお風呂は貴族だけの文化だ。

 庶民派は身体を拭いたり、水を浴びたりして清潔を保つ。


 俺が『体綺麗になる魔法』とか使えたらよかったのだが、残念ながら魔法も万能じゃない。というか俺が万能じゃない。

 きっとそういう魔法はあるのだろうが、俺の記憶が抜け落ちたせいか、どうにも昔は使えていたはずの魔法が今は使えない。ゆえに俺は万能じゃない。


 魔法は断片的に覚えている物を使っているのが現状である。


「ここは……っ」

「お前の以前の主人、その貴族の家だ。この家の風呂を拝借する」


 手の甲にひと差し指を立て、クルリっと円を描く。

 符号は成立した。

 『人祓いの魔法』が作用しだす。


 これで屋敷からすべての仕様人、貴族、そのほかもろもろいなくなった。


 俺はアルウの手を引いてなかへ入ろうとする。


「い、いや……あの、あのお方にみつか、ったら、なぐられて……」


 アルウの体中の痣、それと腫れた顔。

 俺が回復の魔法でも使えればこの傷も……。


「安心しろ。もう屋敷には誰もいない」

「で、でも……っ」


 俺はアルウのそばに寄る。

 『歪みの時計』を取りだした。

 それを見た瞬間、アルウの表情が見る見るうちに驚愕のものに変わっていく。


 黄金の懐中時計。

 蓋には紋章が掘られている。

 この世の誰にもマネできない伝説の一族の証。

 その紋様が掘られた黄金の時計は御伽の物語にしか登場しない。

 もしそれを持っている者に出会ったのならば、その者は御伽の生き残りだろう。


 魔法使い族はいなくなったが、彼らの残した伝説の数々はいまもなお、生きる人々のなかで語り継がれている。

 黄金の懐中時計にまつわる話は、魔法使い族関連の伝説のなかでもとりわけ有名なものだ。


「あ、そ、それは……っ」

「本物だ。触っていいぞ」

「うん……!」


 アルウは目をキラキラさせて時計を手の持つ。

 蓋を開けば、チクタクと時を巻き戻し続ける不思議な盤面があらわれる。


「魔法使いが歪めた時間はこうやって巻き戻っていくんだ」

「すごい……あっそれじゃあ……アルバスは……」


 アルウの手をぎゅっと握る。


「俺は魔法使いアルバス・アーキントン。お前には俺がついてる。もうなにも心配はいらないんだ」


 言って俺はアルウの手を引いた。


 誰もいない豪邸を散策し、大浴場を発見した。

 流石は悪党とクズの町でも悪いうわさが絶えない腐敗の貴族よ。

 汚い金で築き上げた城は立派なものじゃないか。


「アルバス、その……」

「どうした、お風呂で綺麗になれるんだぞ」

「いや、その……恥ずかしいから、ひとりで……」


 俺、普通に、アルウといっしょにお風呂に入ろうとしていた。

 

「ひとりで入れるのか? 髪もしっかり洗わないといけないんだぞ?」

「わたしは……もう14歳……だいじょうぶ、ありがとう……」


 14歳……思ったよりかなり大人だった……。

 小学校高学年くらいの年齢かなとか思ってたんだけど。

 初日とかどさぐさに紛れて普通に服脱がしてたな……いや、あれは正当性がある。俺は悪くない。


 ──3時間後


 女の子の風呂は長いと言うが、ここまでとは。

 汚れが汚れなだけあって、かなり丹念に身を清めたのだろうか。


 浴場には適当な女性物の服をいくつか放っておいたのでそれを着て来るだろう。

 

「アルバス……もどった……」

「ああ、やっとか」


 貴族の家を漁って金目の物をポケットに滑り込ませ、なお、時間があまっていたので、適当に本を読み漁ってこの汚職貴族の犯罪の証をいくつか抑えて昼寝していたところで、アルウが戻って来た。


 戻って来たアルウを見て思わず息を呑んだ。

 湯気でポカポカしたしているせいか、頬は高揚し、白い肌は清潔感を取り戻した。

 森の民というだけあって緑色の髪には艶が戻り、滑らかに肩に流れている。

 翡翠の瞳にもどこどなく自信が戻っている気がする。


 ごく質素な仕立ての良い服に身をつつみ、アルウはすっかり見違った。


 思わず──


「綺麗だ……」


 と、俺は言葉を漏らしていた。

 こう見ると本当に美しい娘だと気づかされる。

 これは守護しゅごらねば……。

 

「綺麗だなんて……そんな、こと、ない……」


 アルウは頬をうっすらと染め、うつむく。

 思い出したように手に持っていたローブを羽織った。

 あんまり清潔じゃないローブなので、せっかくのお洋服をうえから隠してはもったいない気がする。


「このローブに包まれていると……安心、できる、良い匂いに、つつまれる……」


 言って彼女は痣と切り傷のある腕をマントの影に隠した。

 フードもスポッと頭にかぶる。


 気になるのはやはり体の痣の数々か。

 顔にも腕にも足にも……打撲跡に切り傷。鞭で叩かれたような跡もある。

 これが無ければアルウはきっともっと自信を取り戻せるのに。


 回復の魔法。

 どうにか覚えられないものだろうか。

 

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