悪い奴は好きなんだ



 部屋にもどってきた。


「あ……おかえりなさい、アルバスさん!」

「…………やさ、しい、ひと……」


 ジュパンニが部屋で汚らしいエルフにご飯を食べさせてあげていた。

 

「メニューを追加だ。野ブタを取って来た」

「っ、すごいです! わあ、本当にお肉が、それにこんなにたくさん!」

「お前とあの頑固おやじにも分けてやる」

「ええ?! い、いただいてもいいんですか? やっぱり、アルバスさんは良い人ですね!」

「これは投資だ。このエルフは将来金になる。その計画を他言されたりしたら、エルフを盗まれてしまうかもしれないからな。今のうちにこうして賄賂を渡すことで──」

「ありがとうございます! 大事に食べますね! あっ、でも、私いま手を怪我しててお料理が……」

「ええい、そんなもの俺がやる。お前は黙って見ていろ」


 俺はキッチンで肉を切り、道中ギルドの報酬で買った貴族御用達の香辛料をつかって臭みを取っていく。

 バジルで味付けをし、フライパンでジュージューと焼いた。

 オリーブと塩コショウでネギ塩的な添え物をつくる。


 組み合わせれば”豚バラネギ塩だれ~異世界風~”の完成だ。


「くっ! 殺人鬼のくせに、料理の腕だけは、確かだな……! くっ!」


 宿屋の主人グドは悔しがりながら悦び、うなづきながら味わっていた。正直じゃないやつだ。ツンデレなのだろうか。化石のような属性だな。


「流石はアルバスさん! こんなおいしいお肉の食べ方があるなんて知りませんでした!」

「豚肉は焼き肉にかぎる」


 俺は部屋に戻り、料理を持ってくる。

 

「おいエルフ、お前でも食べられるようにちいさくカットした。ゆっくり噛みしめてみろ」

「…………おい、しい」


 エルフは焼き肉を口に含み、ハムスターみたいにちいさく口を動かしただけで泣き出してしまった。


「美味いか、エルフ」

「……わ、たし、は……ア、ルウ……」

「?」

「なまえは……アルウ……」


 アルウ。

 もしかしてエルフと呼んでいたことが気に入らなかったのか?

 まあ、別に、減るもんでもあるまい。

 名前で呼ぼうか。


「アルウ、美味しいか」

「……すごく、おいしい」

「それは上々。たくさん食べてお腹いっぱいになるがいい」


 アルウを寝かしつけ、再び、俺は金の勘定をするために立ちあがる。


「……あ、の」

「ん?」

「…………てを、手を、にぎって、ほしい」

「なんでだ。面倒くさい。絶対に嫌だ」


 アルウの手を取る。

 ちいさく、骨が浮いた手だ。

 指は枯れ枝のよう。


 俺は壊れてしまわないようにそっと、そっと、慎重にチカラをこめて握る。


「…………わたし、まだ、ねむれなくて……恐い、恐いの……」

「なにが恐い」

「……また、だれかが、わたしを、連れて行って……遠くへ……」

「そんな心配は必要ない。お前は俺のものになった。誰にも奪わせはしない」


 言うと、アルウはゆっくりと目を閉じた。

 すぅーすぅー。寝息が聞こえる。

 一瞬で寝落ちしたようだ。

 

 思えばいままで彼女は寝ていなかったのかもしれない。

 俺が手を握ってやることで、ようやく庇護者を得た実感を得たのか。

 なんて憐れな娘だ……。


 仕方ない。一緒にいてやるか。

 俺にもやることがあるが、手を握ってないと眠れないと言われては、睡眠障害その他もろもろ健康への害は甚大なものになりかねない。

 肌荒れはもちろん、集中力の低下、目のしたにクマさんだって出来てしまうかもしれない。

 そうなれば一大事、本来の市場価値より低く見られかねない。


「まったく世話のかかる」


 一晩中、手を握ってやることにした。

 年頃の女の子のベッドに潜り込むのは、前世の倫理観が邪魔してできなかった。

 翌日の昼までたっぷり15時間ほどアルウは眠った。


 アルウが目を覚ます。

 外はすっかり日が昇り明るくなっている。


「…………やさ、しい、ひと」

「アルバスと呼ぶといい。俺もお前のことはアルウと呼ぶんだからな」

「……アルバス……にてる」

「?」

「アルウ、と、アルバス……名前……うれしい」


 心がポカポカする。なんだこの気持ちは。


「……。こほん。今度こそぐっすり眠れたようだな」

「あ、手……もしかして、ずっと、握ってて、くれたの……?」

「大事な財産だからな」


 言って俺は立ち上がる。

 流石に座りすぎて体がバキバキだ。


「ちょっと出かけて来る。朝ご飯はジュパンニに用意してもらうといい。ゆっくり噛んで食べるんだ」


 言って俺は身体をほぐしながら、今日も冒険者ギルドへ向かうとする。稼がなくては。

 宿屋を出る。粗野な男たちが宿屋のまえでたむろしていた。


 スルーして横を通り過ぎる。


「おい、シカトしてんじゃねえぞ。こっち向けやてめえ」

「俺か? 俺に話しかけてるのか?」

「てめえ以外いねえだろうが!」


 粗野な男は3人組だった。

 全身が抜き身の剣を見せびらかしている。


「お前、妙な術をつかってうちの組織のモンに散々なことしてくれたようじゃねえか」

「あんたらのお仲間なんか知らないが」

「嘘つけや! 2日前、馬車で隣町まで引きずられて殺されかけた野郎だよ!」

「あいつかよ」

「やっぱ知ってんじゃねえか! おら、面かせや!」

「わかった」


 宿屋の前で事を起こすのもアレなので、とりあえず大人しく同行する。

 10分ほど睨まれ囲まれながら歩いたので足を止める。

 ちょうど人影はない薄暗い路地に差し掛かった。

 タイミングとしては申し分ない。


「いまからお前たちを殺す。お前たちはおぞましい物を見ることになる」


「ッ、てめえ、どうやら、ここで死にたいみてえだな!」

「俺たちはてめえみてえな気取った野郎だっていつもぶっ殺してんだ」

「生意気な野郎だ。いいぜ、ちょうどあたりに誰もいねえ。ここら辺でわからせねえといけねえな!」


「俺は悪い奴は好きなんだ」


「「「あ?」」」


「ぶっ殺しても誰にも文句言われないからな」


 右手で左ほっぺたを押さえる。

 神秘の論理が首をもたげる。

 宇宙の法則が呼応する。

 

「なにしてやがるてめえ……」


 俺はほっぺたからそっと手を離した。

 符号は成立した。

『剥離の魔法』が作用し始める。


 それは物体と物体を引き離す魔法だ。

 壁にかかったポスターを剥がしたり、頑固な油汚れを除去したり。

 いろいろ便利な生活魔法だ。

 ただし、人間に使うと異なった効果をもたらす。


「うぐgア、あぎゃ、アcあああ!??────」


 対象を人間とした場合。

 物を引き離す作用により、全身の皮膚を一瞬で”剥離”させ、むごたらしく即死させる技となるのである。


「あ、あ、ぁああ、兄貴ぃぃい!?」

「な、なにが起こってんだァあ!?」


「いやなに。どうせならド派手にぶっ殺してやろうと思って」


 そっちのほうが気持ちいい分、お得だろう。

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