レバル村の一夜
「どうして俺がこんな面倒くさい事をしなくてはならんのだ」
「でも、モンスター討伐受けてくれてあげたんですよね? アルバスさんって実は優しいのですね!」
「殺すぞ、このそばかす女」
優しいは俺のもっとも嫌いな言葉だ。
「薬草はもう足りてるんだろう? なら、さっさとグランホーの終地へ帰って応用薬をつくったらどうだ」
「いやですよ。もう暗くなってしまいますし、野盗に襲われたり、モンスターに襲われた時に私ひとりじゃどうにもできませんもん」
ヤクのやつ、少し馴れ馴れしくなってきたな。
もっとビビらせた方が良いだろうか。
その晩はすっかり暗くなっていたので、モンスター討伐は明日行うことにした。
宿屋のジュパンニには俺が帰らなかった場合、アルウの手を握ってあげるように伝えておいたので、きっとすやすや眠ってくれるとは思うが……やはり、一日以上、あの子のもとを離れるとどっと不安が増してくる。
はやく帰りたい。
暗くなり、村長の家で歓迎の催しが開かれた。
豪華な料理でもてなされ、肉入りのスープまで出た。
肉入りだなんて、かなりの気合の入りようだ。
「こんなことしかできませんが……」
「飯は美味かった。あんたの奥さんは料理上手だ」
「っ、恐縮です……!」
二階の客間を今夜は使わせてくれるとのことだった。
「向こうの部屋は?」
「えっと、あっちは娘が寝ていまして……」
「そういえば夕飯に顔をだしてなかったようですけど」
「その……うちの娘はそれは美人で、村一番を自負しているのですが」
いきなり娘自慢はじめたな。
「先日、オーガとその一団に、酷い目に遭わされまして……その時に顔を殴られてしまったのです」
殴られる。
言葉の意味よりもきっと重いのだろう。
「治癒霊薬で治らないんですか」
「ヤクに融通してもらった薬はすべて試したのですが、傷は残ってしまって……。依頼、娘はずっとこもりきりなのです」
「その娘さん、一晩抱かせてください」
「はあ、抱かせて……はッ!?」
俺は娘がいると言う部屋へ村長の許可なく足を運ぶ。
「ちょ、ちょっと困ります! 娘は傷心なのですよ!? それにまだ男を知らぬ生娘です! なにとぞ、お考えなおしください!」
村長の妻にもめっちゃ止めらる。
村長とその妻を前にし、俺はできるだけ凶悪な顔をつくって告げる。
「まともな依頼報酬を用意できない村を助けてやってるんだ。村一番の美人くらい抱かせてもらわなきゃわりに合わないだろう」
「っ、そ、そんな……っ」
「こんな最低な人だったなんて……顔つき通りの人じゃないですか……ああ、どうしてこんな人に依頼を……」
「わ、わかりました、娘と話をしてきます」
「あなた?!」
「お前は黙っていなさい。アルバスさんの言うとおりだ。私たちは冒険者を雇うお金がないなか、彼は残ってくださった。その厚意に報いなくてはいけない」
「でも、それじゃあ、エリーは!!」
村長とその妻はしばらく喧嘩したあとで、話がまとまったようだ。
妻は娘の不幸を泣きながら居間に突っ伏し、なんとか俺を包丁で刺すのを思いとどまってくれていた。
ちょっとやりすぎたか……優しい人と思われるのが癪でつい出来心で言ってみたんだが、存外、堪える。
村長が娘と話をつけたらしく「どうぞ、娘も了承してくれました」と俺を部屋のなかにいれてくれた。
「ひぇ……っ」
部屋に入ったら、年若い娘が緊張した面持ちでこっちを見ていた。
表情からすでに「この殺人鬼みたいな人に抱かれるの?! 冗談でしょ!?」って伝わってくる。
「お前がエリーか。なるほど。酷い顔だな」
「っ……そう思うなら……こんな娘を抱く必要はないのではないですか……」
「いいや、だからこそ必要だろう」
悔しそうにしながら服を脱ごうとするエリー。
「落ち着け。脱ぐ必要はない」
「……? えっと、その、経験がないもので、致すためには脱ぐのでは?」
「いや、俺もないが、必ずしも脱ぐ必要はないんじゃないか」
って、なんの話してんだ。
「そうじゃなくて、俺はお前を治すために来た。ほら、そこに横になれ。俺は特殊な体質でな。一晩抱っこした人間の傷を癒すことができるんだ」
「そんな特殊な体質があるわけないではないですか……からかっているのならおやめください……」
「嘘じゃない。賭けるか」
「……いいですよ」
「お前の顔の傷を治せたら部屋をでてまた親に元気な姿を見せろ」
「治せなかったら?」
「治せなかったらお前を本当の意味で抱く。セックスという意味で」
「全然、賭けになってないんですけど……もういいです、どうせ期待してませんから……」
──翌朝
──エリーの視点
朝、目覚めると、あの殺人鬼みたいな冒険者が身支度を整えて部屋を出ようとしていた。
本当に手を出してこなかった。
まあ、それもそうか。私の顔は半分潰され、醜い怪物のようになってしまったのだから。どんな男でも私などもう抱きたがらない。殺人鬼だってきっと冷やかしに来ただけなのだ。
「おはようございます……」
「ん、起きたのか。俺はもう行く。約束通り、部屋からでて元気な姿を見せてやれよ」
え?
言って、殺人鬼は出て行こうとする。
「ま、待ってください、それってどういう……」
殺人鬼がこっちをまじまじと見てくる。
吟味するような視線。
嫌だ、私を見ないで。
恐怖と悔しさ、恥ずかしさ、いろいろな感情が渦巻いて、身体が震えだす。
「なるほど。確かに村一番の美人というだけある。結構、可愛いんじゃないか」
殺人鬼は言って後ろでに扉を閉めていってしまった。
私は恐る恐る鏡に近寄る。
「そんな……嘘……」
奇跡が起こったのだ。
「エリー! エリー! 大丈夫!? さっき殺人鬼が『ぐへへ、あんたの娘さん、なかなか可愛い顔してたぜ!』って笑っていたわ! なにをされたの!?」
「エリー、すまない、わかってくれ、これも村のためなんだ……」
母親が部屋に飛び込んでくる。
父親も重たい足取りで入ってくる。
両親は入り口で足をとめ、私を見て、目を丸くした。
それはもう笑っちゃうくらいに素っ頓狂な顔だった。
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