薬草採集に来たはずが
「あ、あの……すみません、助けていただいて」
赤毛の店員がぺこりと頭をさげてくる。
「でも、指を落とすのはやりすぎだったんじゃ……」
「俺の故郷ではこうやって落とし前をつけるんですよ。お気になさらず」
「変わった風習があるんですね。ところで、さっき霊薬が空を飛んであなたのほうへ飛んでいったように見えたんですけど」
「気のせいでしょう。たまたまこっちに放り投げてくれた助かりましたよ」
言って治癒霊薬をかえす。
「おかげで割れずにすみました、ありがとうございます!」
「俺の利益のためにやったことなので、お気になさらず」
店に戻り、店員はごく好意的な態度で「すぐに在庫を調べます!」と言って、第三式:応用薬を用意してくれることになった。
「すみません……」
「意気揚々と奥へ引っ込んだわりには浮かない顔だな」
「いえ、その……実は三等級の応用薬はあんまり需要が無いのでおばあちゃんが作ってなかったようで……」
「なるほど。調合まで待とう」
「あの、そうではなくてですね……材料がなくてですね、調合ができないんです」
「なんだって?」
これはとんでもないことだ。
うちのアルウに病死しろと言うのか。
「ひぇえ! そんな恐い顔しないでください……!」
「してない。元からだ」
「いえ、ちょっと恐くなってますよ……っ、怒ってるんじゃ……」
「怒ってない」
「本当ですか……? 命だけは助けてくれますか……?」」
「うだうだ言ってないでさっさと薬の材料を集めてこい。ぶっ殺すぞ」
「ひぇええ! やっぱり怒ってますよね!?」
おっといかんいかん。
この顔でぶっ殺すは冗談じゃ済まないんだった。
「じ、実は、第三式:応用薬に必要な材料は深い森のなかでしか手に入らなくて……! そのためにはモンスターから守ってくれる人を雇ったり、遠出したりと、だから、今すぐにと言うのは難しいといいますか……!」
「まあ、落ち着けよ。意外と思うかもしれないが、俺はこう見えて荒事は得意なんだ」
「(見たまんまですけど……)」
「森での材料の採集、手伝ってやらないこともない」
というわけで、少女を脅してすぐにギルドへ依頼を出させ、指名依頼でおれを指名させ、薬草採集の護衛という名目で雇わせた。
宿屋で軽く準備を済ませる。
「……アルバス、どっか行く……」
「ちょっと森へな。クエストだ」
「わたしも、いく……」
「だめだ。まだまだ体力がないんだ。森まで歩けるわけがない」
「……歩けるもん……」
「だめだ。というか病気だろう。絶対に外へは出さない。絶対にだ」
頬を膨らませ毛布にくるまるアルウ。
ふてくされてそっぽを向かれてしまった。
病人のアルウを外に出して、もしものことがあったら俺はグランホーの終地を血塗れになって探しまわり、悪そうな顔した野郎どもを片っ端から斬り捨てなくてはならない。
この町は変なのが多いのだ。
宿屋にも変なじじいがいるが、あれは信用できる変なじじいだ。
ここが一番安全だ。ここにいて欲しい。
わかってくれ。お前が大事だからなんだ……っ。
「行ってくる……」
「…………いってらっしゃい、アルバス」
毛布からちょこっと顔をだして、アルウは渋々見送ってくれる。
アルウの「いってらっしゃい」をもらうと力が湧いてくる。
そして、ポカポカしてくる感覚。
森へ向かう為、薬屋へやってきた。
馬車が止まっていた。
荷台を見やると、網籠が6つ乗っかっていた。
「森の向こう側に村があります。月に1回そこに行って薬草を採集するんですよ。今回はちょっと間隔がはやめですけど、緊急事態という事で、いっしょにいつもの仕入れもしちゃおうと思って」
なるほど。
まあ効率的だな。
「あれ? アルバスさんっておひとりなんですか?」
「そうだが。なにか文句あるのか」
「ひぇええ! なんですぐに恐い顔するんですか!」
「してないだろ」
「してます!」
「してないだろ」
そんなやりとりをしながら、村へと出発した。
ちなみに彼女の名前はヤク。
薬をつくるために産まれて来たような名前である。
「アルバスさん、顔が殺人鬼みたいですから仲間が集まらないんですね」
「勝手な推測はやめてもらおうか。俺は好きでソロを選んでるんだ」
仲間などを持つとろくなことがないに決まっている。
魔法を好きなタイミングで使えないし、優しさが芽生えてしまうかもしれない。
優しさは付け入られる隙を生む。優しさは呪いだ。俺は忘れない。
昼過ぎ、村に到着した。
「おや、ヤクちゃん、今月はちょっと来るのが早いねえ」
「えへへ、実はこの人に脅されて、あ、間違えた、珍しい薬を注文されて」
おい、その間違えは致命的すぎるだろ。
「うあああ!? な、なんだい、その殺人鬼みたいなやつは!?」
あんたも失礼だな。
なんとか誤解を解きながら作業へと移るべく、村に馬車を止める。
網籠をヤクと俺、それと村の男と少女たちのお手伝い4人に背負ってもらい森のなかへ。
「彼らは無償で働いてくれるのか?」
「いつも手伝ってもらってるんですよ。うちとレバル村はおばあちゃんの頃からの付き合いなんで」
「ふーん」
俺だったら金を出されなければわざわざこんな獣道を歩いて草取りなんかしたくないが。
「あれ? でも、今日はいつものメンバーじゃないですね……エリーちゃんはどうしたんですか?」
ヤクがたずねると女の子たちのひとりが神妙そうな顔で俺の方を見てくる。
それを大人の男は「こら、変なことお願いするんじゃないぞ」とたしなめる。
なんだ。
この女の子俺になにか要求があるのか?
大人の男は気まずそうに口を開いた。
「最近は怪物たちが活発でね。いつもヤクのお手伝いをしているエリーという子は、酷いけがを負ってしまったんだ。すこし前にモンスターの群れが来てね」
モンスター?
出たな、モンスター。
それからヤクを守るのが俺の仕事。
だが、いざとなると恐いな。なるべく関わりたくはない。
殺されたりなんかしたらせっかくの二度目の人生が台無しだしな。
ん? 女の子たちが群がって来て……みんなで服の裾をひっぱってくるんだが?
「ねえねえ! 冒険者の殺し屋さん!」
冒険者なのか殺し屋なのかはっきりさせろ。
「モンスターを倒してよ! 冒険者で殺し屋なら倒せるでしょ!」
「エリーお姉ちゃんすっごく綺麗だったのに、いまはとっても落ちこんでるんだよ! 可哀想だよ!」
「殺し屋で冒険者さん、おねがいします!」
子供たちは鼻水垂らして鳴きながらローブに引っ付いてくる。
新調した外套なのでやめてもらいたい。
「やめなさい、冒険者さんなんて雇える訳ないだろ……っ」
「その通りだ。お前たちは俺を雇うだけの金を用意できないだろう。野ブタならまだしも、村のおとなたちをかき集めても対処できないほどのモンスターの討伐依頼は高くつく。しっしっ、離れろ離れろ」
「で、でも! お願いだよ、殺し屋で殺し屋さん! お姉ちゃん、とってもきれいだったのに顔を殴られちゃって……ぐすん、ひどいよ、こんなの……」
「寄るな寄るな。俺はいま草を取るので忙しんだ」
まったく何の得があって俺が面倒なモンスター討伐など。
ガキが。駄々をこねれば大人は誰でも言う事を聞いてくれると思うなよ。
俺は損得勘定で動く、冷徹なるクールガイなのだ。
情などに流されると思うなよ?
──3時間後
森で薬草を採集し終わり村へ戻った。
「では、モンスター討伐をなさってくれるという事ですか?!」
「報酬はいただく」
なんだかんだで、俺はモンスター討伐依頼を受けていた。
思えば、俺はモンスターと戦ったことが無い。
野ブタ以外にも経験を積んでおいた方が後学のためだろう。
これは列記とした自己投資だ。
だから、村人どもよ、そんなキラキラした目で見てくるんじゃあない。
ええい、うっとおしい奴らめ。
「ありがとう! 殺し屋で殺人鬼さん!」
「殺人鬼で殺人鬼さん、がんばってね!」
このクソガキどもめ……。
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