薬屋での一幕
うちのアルウはたまに咳をしていることがある。
それは押し殺すようにされる苦しそうな咳だ。
今までは少しばかりだったが、最近では頻度が増えたように思う。
「アルウ、どこか調子が悪いのか?」
「うんん、だいじょうぶ……なんでも、ない……風邪」
言って彼女はフードを深くかぶる。
そしてまたコホコホ。
なんかある。
俺にはわかる。
アルウはきっと重篤な病に侵されている。
大変だ。
これは大変なことだ。
このままアルウの咳がひどくなったら、そのうち血を吐きだすんじゃなかろうか。
そしたら、みるみるうちにゲッソリと痩せて行ってしまうんじゃないか。
不治の病とかだったらどうしよう。
病を治す魔法は知らない。
ともすれば、この世界の薬学に頼るほかない。
「待っていろ、必ず助けてやる」
「アルバス……?」
宿屋を飛びだし、ギルドの受付嬢に聞き込みをし、薬屋の場所を教えてもらう。
さっそく薬屋へとやってきた。
薬屋とはすなわち錬金術師の怪しげな店のこと。
なかでも回復やら毒やら病やらの治療に長けた錬金術師の店だ。
店内には数人の客がいた。
冒険者だろうか。回復用の霊薬を手に取って眺めている。
カウンター向かう。
鼻をツンと突く匂いが気になる。
とはいえ良薬は口に苦しともいう。
この異臭を信じようじゃないか。
「いらっしゃいませ」
言って奥から少女が出て来る。
赤い髪にそばかすの浮いていて、一度見たら忘れなそうな顔だ。
まだ若く高校生くらいに見える。
アルバイトかな。
「こんにちは、店員さん、薬を探してるんだ」
「ッ、ク、クスリですか……? いえ、あの当店は、幻覚作用を持つ薬物は扱っておりませんので……」
俺はヤクブーツの売人かな。
「違う違う、そうじゃない。俺が欲しいのは病気を治す薬だ。どんな病気も直す万能の秘薬とかがいい。飲めばたちまち元気になれるやつだ」
「そんな薬は御伽話のなかだけですよ。一応、一般的な諸病気に通用する『応用薬』というものがあります。品質で値段は変わりまして、『第一式:応用薬』で1,000シルク、『第二式:応用薬』で5,000シルク、『第三式:応用薬』で15,000シルクとなってます」
少女は言ってお品書きを見せて来る。
等級によってかなり値段が異なる。
というか薬自体がめっちゃ高い。
「良い商売してるな」
「ひええ! そ、そんな眼しないでくださいよ……っ、魔力の宿った本物の魔法薬なんですから当たり前ですよ……ぉ、ふぇぇ……っ」
「まあいいだろう。それじゃあ第三式の応用薬で」
「っ! あ、あの、一応伝えて置きますが、第三式の応用薬が必要なほどの病気はあんまりありませんよ?」
「第三式がいい。うちの子には必要だ」
「……在庫を確認してきます」
言って少女は踵をかえし奥へ戻っていこうとし──ハッとして叫んだ。
「こらー! 泥棒!」
振り返ると、先ほど治癒霊薬を吟味していた冒険者らが商品をもったまま入り口から飛びだして行くではないか。
間違いなく現行犯。
でも、俺にやつらを追いかける義理はない。
俺は損得勘定だけで動くクールガイだ。
そんな安っぽい正義に突き動かされない。
奴らを捕まえるメリットは。
なし。
奴らを捕まえるデメリットは。
走って息切れする。
ほらね。
「ああ! 大事な第二式:治癒霊薬が! あれを作るのにおばあちゃんは日夜立って作業し、腰を痛めてまで完成させたのに……!! あああ!」
少女は泣きながら、カウンターから身を乗り出して追いかける。
ここで俺は考える。
もしかしたら、あの少女は犯人を追いかけることに夢中になって疲れ果ててしまうかもしれない。
この辺境の町グランホーの終地は治安がとても悪い。
疲れ果てた年頃の少女、犯人の冒険者たちの反撃に合い、酷い目にあうかも。
そうなれば、彼女は勤労意欲を失い、もう薬を売ることをやめてしまうかも。
そうなれば、うちのアルウの病気が治らない。
なんということだ。
俺の利益が脅かされているだと。
助ける理由ができてしまった。
「ええい、俺のまえで万引きなんていい度胸をしているな」
駆けだし、少女の背中を追いかける。
その先に犯人2名を捕捉。
逃走者の近くを屈強な大工が大繩をせおって通りかかる。
あれは使えそうだ。
「借りるぞ」
手を2回素早く叩く。
符号は成った。
『縄縛りの魔法』が作用する。
大工が背負っていた大繩が意思を持ったように動きだした。
大繩は逃げる者どもあの足元にからみついた。
「うあああ!? な、なんだ!?」
者どもは派手にすっころぶ。
4本ほど治癒霊薬がぽーんっと宙へ吹っ飛ぶ。
あれだけで数万シルクの商品か。
「”霊薬よ、来い”」
『勅令の魔法』
言葉で「~よ、~しろ」と唱えことで物を動かすことができる。
動かすものの規模が大きいほどにひずみ時間を消耗する魔法だ。
霊薬の小瓶程度ならば30分程度で済む。
無事に手元に小瓶たちを引き寄せて霊薬を回収した。
その後、者どものもとへ近寄る。
いまだ大繩がからまって動けずにいた。
「悪い子じゃないか」
短剣をとりだし、悪党の小指を一本落とす。
「うぐぁあ!?」
「ひええ! 殺人鬼だぁ!」
「い、いでえええ!? いだい……ッ!」
「うわああ!! す、すす、すみません、すみません、もうしません……!」
もうひとりの方も小指を落とす。
「次はない」
「あああ、すみません、申し訳ありません……もうしませえ!!」
「こ、殺される……ぅうう!」
冒険者たちは傷口を押さえ逃げていった。
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