『野ブタ狩りの王』アルバス・アーキントン
今日もギルドにクエストを受けに来た。
先日、屍のクリカットを葬り入手した魔導書を売り払ったおかげで若干懐に余裕はあるが、それでも毎日の支出はしっかりと存在する。
「今朝も早いですね、殺人鬼さん、いえ、それとも『野ブタ狩りの王』とお呼びしましょうか?」
「なんだその異名は」
俺に慣れて来た受付嬢はしたり顔で言った。
変な二つ名だな。
「先日のアルバスさんが持ち帰った野ブタのひづめがあまりに立派なものでしたから、ギルドの二階、パーティテーブルのならぶロフトに飾ったんですよ。そしたらS級冒険者パーティ『桜ト血の騎士隊』の皆さんが興味を抱いてくださって!」
S級冒険者パーティ。
俺が今Fで……F、E、D、C、B、A、S……業界最大手の冒険者ってことか。
『桜ト血の騎士隊』、有名なのかな?
「あれ? その顔、もしかしてあんまりピンと来てません?」
「すみません、『桜ト血の騎士隊』ってなんですか」
「ッ、あの姫騎士さまたちをご存じないんですか……?!」
受付嬢は説明してくれた。
その起源は遥か北方、血の貴族につかえる血の騎士たちであるという。
4人の女性からなるパーティで、全員が元・血の騎士。
血の貴族は魔術師の家として知られその歴史は100年近く、彼女たちは故郷を遠く離れ、血の貴族の威光をひろめるために活動しているそうだ。
荒くれ者集うギルドでの最後のオアシス、紅一点、姫騎士隊……そんな存在らしい。
「美少女しかいないものですから、彼女たちは男性冒険者には憧れの的で、女性冒険者には夢女子が大量発生しているんです」
はあ、そんな大スターみたいな人たちがいるんですねぇ。
というか、異世界にも夢女子って発生するんだな。
「そんな桜騎士さまが立派なひづめを見て『このひづめを狩った方は野ブタ狩りの王に違いない』と大変面白がっていたんですよ」
「それで二つ名が広がったと」
まわりを見れば「野ブタ狩りの王だ……」「あの殺人鬼野郎、野ブタまで殺戮してるらしい……」「血が出ればなんでもいいんだとよ……」あらぬ噂が出回っている。
「はあ、まあいいです。とりあえず、野ブタで」
ということで、野ブタ狩りクエストをいつものように受けて、俺は森へでかけた。
野ブタ狩りはいつもギルドに貼ってある依頼だ。
それすなわち安定した豚肉の供給が求められているということであり、豚肉の需要があるかぎり、この仕事はなくならないということだ。
俺は冒険者として名を売るという意欲がない。
なので、日々の生活費とアルウにおいしいお肉を食べさせることができる野ブタ狩りは俺にとっての天職なのである。
やろうと思えば、もっと難しいクエストは受けられるし、冒険者等級をあげるためのクエストも受けれるが……この世界のモンスターの強さがどれほどのものかよくわからないので、あんまり危険なことはしたくない。
本日も野ブタを一匹、弓で仕留めて持ち帰る。
先日、狩りのために買ったショートボウである。
これはなかなかに便利なものだ。
武器屋の店主には「難しいからおすすめはしないぜ」と言われたが、例のごとく、俺の身体は弓の扱いも覚えていたので特に苦労することなく豚を仕留められる。
「流石に飛ぶ鳥は難しいかな」
豚肉をリュックに詰めて、持ち替える最中、木々の間を羽を休めながら飛ぶ鳥がいたので、ショートボウで狙い、射ってみる。──当たった。
自分でも当たると思ってなかったので、ちょっと驚きだ。
記憶をなくす前の俺は実に多芸多才の魔法使いだったようだ。
落ちた鳥を素手で掴んで、プラプラさせながらグランホーの終地へ帰着。
夕方、ギルドへ獲物を提出してクエスト完了をする。
今日は鳥が一羽手に入ったので、アルウに食べさせてやろう。
香辛料もあったはずなので、ボイルして、黒コショウとハーブで揉んで柔らかくして、サラダチキンみたいにしてあげたらきっと食べやすかろう。
「今日もお疲れさまでした、殺人鬼さん! あ、これどうぞ!」
「これは……?」
「殺人鬼さんが昇級条件をクリアしたのでEランクに昇級させておきましたよ!」
ええい、余計なことを。
でも、善意でやってくれたので、うーん、仕方ない。
「助かります。でも、次回からは自分でやるのでお気遣いなく」
E級冒険者なら初級者に毛が生えた程度。
まだまだ無名のなかの無名だ。大丈夫だろう。
さあ、はやく帰ろう。
──サクラ・ベルクの視点
久しぶりのグランホーの終地。
相変わらずの荒れ具合、冒険者と盗賊の町って感じです。
いつもなら月に2回くらいは立ち寄りますが、ここ4カ月はほかのクエストが忙しくてなかなか回れなかった町です。
私たち『桜ト血の騎士隊』の使命は血の貴族さまの威光を広めること。
そのためにもまずはこの辺境の地で名声を広める。それが今の使命です。
ギルドへ来て、明後日のクエストについてパーティメンバーと会議をはじめます。
ロフトのパーティテーブルを借りると、あの大きな野ブタのひづめが目に入りました。
「はあ、なんて立派なひづめなんでしょう」
「姫さまはあのひづめがお気に召しましたか」
「気に召したと言いますか、あれを見ると思い出すのです。アルバスさまが『野ブタ狩りの王』とうたわれるほどに大変に野ブタが好きだったことを」
「……そうですね。あのお方はいつも野ブタを獲って来ては、見事な腕前で美味な料理をつくり、痩せた子供たちに恐い顔をしてたらふく食べさせていましたね。強く、聡明で、優しいお方でした」
まこと優しい魔法使いでした。
あんな最期を迎えるなんて……ぐすん、惜しい方を亡くしました。
でも、きっとあの方は夜空のお星さまになっても、弱き者の味方でいるのでしょうね。
そう考えるとすこしは気持ちが楽になります。
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