柔らかいおふとぅん


 グランホーの大蛙を討ち取り、危険因子を潰せたので、おふとぅんを探しに行こうと思う。

 宿屋の安いベッドには、安い布団しか敷いてないことが重大な問題と判明したからだ。

 1晩寝てみて、あの布団はアルウの健康によろしくないと判断した。

 

「ジュパンニ、もっといいベッドにできないのか」

「いきなりそんなこと言われてましても……!」

「あれじゃあうちのアルウが健やかな睡眠をとれないぞ」

「うぅ、あの殺人鬼と恐れられていたアルバスさんがすっかりアルウさんのパパみたいに……!」


 ええい、茶化しやがって。

 話にならない。不機嫌だ。もうどっか行ってやる。


 宿屋を飛びだし、俺は最高級のおふとぅんの情報を求めて冒険ギルドへ。


「ひええ! 殺人鬼さんがまた──!」

「柔らかいベッドはどこで手に入る?」

「え、こ、今度は、柔らかいベッド、ですか……?」

「そうだ。世界で一番寝心地のいいベッドが必要だ」

「そんなことギルドで聞かれましても……」


 ええい、ここも使えない。

 俺はギルドを飛びだした。


 どこに行けば手に入るというのか。

 俺はグランホーの終地を歩きまわり……ふと、ある屋敷のまえで足を止めた。


 1週間ほど前、アルウを捨てた貴族の家だ。

 ここにはグランホーの終地をふくめた周辺地域と村々を治める領主が住んでいる。

 すなわち町一番の権力者である。


 では、そんな町一番の屋敷にあるベッドはどれほどのものか。

 思い出してもみろ。アルウをお風呂に入れてやった時、この屋敷に侵入し、暇だからと昼寝した時のことを。

 

 間違いなくあの愛想のない親父の安宿よりも良いベッドだった。


 手の甲に人差し指を立て、クルリっと円を描く。

 符号は成った。

 『人祓いの魔法』が作用する。


 ベッドを運ぶのは難しいので掛け布団、敷布団を拝借しようか。

 まあ、返す予定はないんだけどね。

 罪悪感? あるわけないだろ。

 俺は俺の利益を追求する。

 それが悪党を貶めて得る利益ならむしろ幸せでしかない。

 気分がいい。


 宿屋に戻って来た。


「な、なんじゃ、その高そうな布団はッ! どこから盗んできたんじゃ、アルバス!」

「領主の屋敷」

「トチ狂ったか!?」


 うるさいな。

 アルウの睡眠が損なわれる事と領主の財を盗む事。

 どっちが世界的な損失だ。

 当然、アルウの睡眠が大事だ。

 

 という理論を廊下で会ったジュパンニに説明した。


「これは利益の追求に他ならない」

「ふむふむ、それでどんな理屈でアルウさんの睡眠をそんなに追及するんです?」

「俺が良質な布団を提供することで、アルウは気持ちよく眠ることができる。すると、彼女の肌艶はよくなり、髪艶もよくなり、すやすや熟睡できる。熟睡できれば精神は安定し、疲弊し苦労した過去からくる精神の摩耗は癒され、彼女の幸福度は向上する。幸福度が向上すると、笑顔が増える。笑顔が多いエルフは可愛い。美しい、なによりうちのアルウは世界で一番きれいだ。綺麗なアルウはさぞ、そう、それはもうさぞ高い商品価値を誇ることだろう」


 Q.E.D証明完了。


「通っていいですよ!」

「うむ」

 

 ジュパンニの許可を得て廊下を通してもらい、部屋に戻り、ベッドの布団をとりかえる。

 

「さあ、アルウ、寝ていいぞ」

「……アルバス、まだ、お昼……だよ……」

「遠慮するな。貴族の家の客人用の部屋から借りた布団だぞ。やわらかいぞ、温かいぞ、ふかふかだぞ」


 アルウは少し困った様子だったが、強く勧めると、観念して布団のなかへ身をすべりこませた。

 

「どうだ? よく眠れそうか?」

「…………うん」


 聞いたか? うん、と言ったぞ。

 アルウは布団を気に入ってくれたようだ。

 嬉しい。よしよし、たくさん寝ていいぞ。


 俺はアルウが寝付けるように手を握る。

 いまも彼女はそばに俺がいないと眠らない。

 なので必ず手を握ってあげている。


 サラサラの髪をそっと撫でる。

 緑色の髪の隙間、のぞく翡翠の瞳が美しい。


「お昼寝の時間だ。傷は治ったかもしれないが、アルウはきっと疲れてるに違いない」

「アルバス……」

「ん、どうした」

「……また、魔法をかけて、癒しの……」

「でも、もう傷は治ったんだろう?」


 『抱擁の魔法』は対象の古傷も新しい傷も完治させる魔法だ。

 アルウの身体が現にすごく綺麗になった。

 痛むところなんてないだろうし、気になる傷跡もないはずだ。


「ん……で、でも……なんかまだ痛い、かも……別に、ただ、いっしょにお昼寝、したい、とかじゃ、なくて……ほんとうに……」


 アルウの頬を薄く染め、うつむきながら、歯切れ悪く言う。


 魔法を使うか?

 『ひずみの時計』を見やる。現在9時を示していた。

 ちょっとひずみゲージが危ない。いろいろと。


 魔法は使えば使うほど、ひずみの回復は緩やかになる。

 星の周期によっても回復に差が生じる。

 通常は1日1時間回復するところ、星の周期次第にでは40分しか回復しないこともあるし、連日魔法を使っていると、30分しか回復しない事も。

 さまざまな要因が重なれば、ほとんど針が巻き戻らない日もある。


 魔法の多用は厳禁だ。

 俺は午前中に犯罪組織をひとつ潰して『閉域の魔法』『剥離の魔法』『銀霜の魔法』と3つも魔法を使っている。

 次に使えば1日4つ。明らかに使いすぎだ。


 で、だからなんだと言う?

 アルウのお願いを断るなら俺は潔く消滅しよう(鋼の意志)

 

 俺はアルウをそっと包みこんで『抱擁の魔法』を使う。

 魔導書では2時間以上の同衾で作用しだし、4時間で完治とされていた。

 だが、治っていなかった。ともすれば、アルウの傷が完治しないしないのは俺の魔法の練度が低いせいに違いあるまい。


「あたたかい……アルバスの体温……」

「お前の身体は冷たいな。もっと肉をつけるべきだ」

「…………うん」

 

 体温はタダだ。無料。減るもんじゃないのでくれてやろうじゃないか。

 好きなだけ持っていくと言い、この卑しいエルフめ。

 こら、口に髪の毛が入っているぞ。今取ってやるから動くんじゃない。

 ええい、なんと手のかかるやつだ。

 

 昼下がりの陽光のなか、俺とアルウは柔らかいおふとぅんでお昼寝をした。

 なんとも吞気すぎる気もするが……こういう時間も悪くはない。そう思った。

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