肉付き問題



 汚らしいエルフを拾ったせいで、ギルドへ行く予定が潰れてしまった。

 手元に残された320シルクも使い果たしてしまった。

 さてどうしたものか。

 冒険者ギルドの登録には金がかかる。

 以前ギルドで働こうと説明聞いていたので知っている。


「どこかでシルクを稼がないといけないか」


 しかし、汚らしいエルフを宿屋に置いてどこかへ行くのは心配だ。

 このエルフはいわば大事な財産。

 将来、おおきな金に換えるために必要なのだ。

 誰かに盗まれたりしたら、俺は犯人を探し出し、最大の報復でもって苦しみを与えて拷問して殺し、エルフを取りかえさなければならない。

 

 そうなると手間だ。

 ゆえにこそ大事な財産が盗まれないように見張っていなければならない。

 

 宿屋から出るのはそういう訳で気が引けたので、とりあえず宿屋の主人に仕事をもらおう。もう1カ月も泊っているのだ。知らない仲じゃない。


「ご主人どうも。本日はお日柄もよく──」

「近寄るな、死ねい、この殺人鬼め」

 

 殺してしまおうか、このじじい。

 客に対する態度とは思えないこのイカつめの大柄男が宿屋の主人、名はグド・ボランニ、ひとり娘のジュパンニ・ボランニと2人で宿屋をきりもりしている。


「もうお父さん、またアルバスさんにそんな酷いこと言って!」


 奥から出て来た少女が娘ジュパンニだ。

 年は16歳らしい。明るく人当たりが良い。

 親父グドで100点マイナスされた店の評価に90点の加点を加えている。

 ただし、収支マイナスなので、本当に可哀想だ。まあ、実際は悪い人ではない。ただクソ無愛想なだけだ。


「この宿屋に止まる男どもはみんなわしの娘の身体目当てじゃ。お前も気を付けろ、特にこの男の凶悪な人相は信用ならん。確実に10人、11人は殺している顔だ」


 人攫いでもそこまで酷評じゃなかったが。


「なにか仕事はないですか。今すぐにシルクが入り用でして」

「あっ、それだったら、ちょうど人手が必要だったんです! 実は私、手を怪我しちゃっていて、今日のご飯をつくってくれる人がいたら嬉しいなって思ってたんです!  アルバスさんはお料理得意でしたよね」


 今から1ヶ月前、宿屋に泊まった1日目。

 俺はジュパンニの厚意でキッチンを使わせてもらい自炊をした。

 料理は前世でも今世でも得意だったので問題はなかった。

 

「こんな殺人鬼をキッチンに入れることはわしは許さんぞ!」

「お父さんは黙ってて!」

「むぅ……」


 娘の一声でグドは黙る。

 ひとり娘とはこれほどまでに父親に優位性を持つものなのかと感心するものだ。


 食材を使いいくつかの料理をつくり、グドとジュパンニに飯をつくった。

 スープは作ってあったので、果物を煮込んでジャムを、穀物類から黒いバケットを焼いて、それらを5日分用意しておいた。


「殺人鬼のくせに料理の味は悪くない。いいパンを焼きよる」

「ありがとうございます、アルバスさん!」

「仕事ですから。はやく報酬を」

「はい、どうぞ! ちょっと少ないですけど」

「十分だ。助かる」

 

 400シルク──感覚的には日本円で4,000円程度だろうか──をお礼として受け取り、俺は急いで買い物へゆく。

 

 俺はひとつの教訓を得ている。

 先程、白いパンを買ってしまった。

 白いパンとはすなわちやわらかい高いパン。貴族が食べるパンだ。

 あの汚らしいエルフにはとても黒いパン、つまり硬いパンを食べれるチカラはないと思ったので買ったのだが、そのせいで320シルクという大金を使ってしまった。


 結果としては、汚らしいエルフは白いパンを食べる力もなかったので、正解であったわけだが、これでは立ち行かなくなる。収入もないのに白いパンは買い続けられない。


 というより、いまは質より量だろう。

 あの汚らしいエルフ、恐ろしく痩せている。

 栄養失調の化身と言っても過言じゃない。


 肉付きを良くさせる。

 そのためにたくさん食べさせてやらないといけない。

 さすれば商品価値はぐっと上がることだろう。


 白いパンの5分の1の値段の黒いパンを買い込み、ついでにさっき宿屋で焼いた黒いパンもちょっといただき、両手いっぱいの山盛りのパンを抱えて部屋に戻った。


 これでお腹いっぱいになることだろう。



 ──夜



 汚らしいエルフが目を覚ました。

 俺は走って宿屋の1階へ赴き、スープを温めて、部屋へ戻る。


「あ……こわ、い、かおの、ひと……」

「このパンをすべてお前にやる」

「……っ、こ、ん、なに……」


 汚らしいエルフの膝のうえにバケットが山盛りに積まれたバスケットを置く。


「お前はいまから食べれなくなるまでパンを食す。もう食べれないと言っても俺はスープを使って流し込むことだろう」

「……か、たい……」

「想定内だ。こうやって千切って、スープに浸して柔らかくするんだ。味が染みて、美味くなるぞ」


 そう。スープというオプション込みであるならば、黒いパンでも食べられるはずなのだ。


「ちぎれ、ない……かたい……」

「ええい、まだそんなことも出来ないのか。どこまでも世話のかかるやつだ。パンを寄越せ。今からちいさく千切って、スープに浸して美味しくなったパンを口に詰め込んでやる。お腹いっぱいになって気持ちよく寝てしまえ」

 

 こうして俺はやせ細ったエルフを肥やすための第一フェイズを完了した。

 だが、まだまだ肉付き問題は解消されていない。

 こんな貧相なエルフを買うやつなんていない。


 もっと栄養のある物を食べさせてあげたい……あげたい? 否、無理やり口に詰め込み、泣いて嫌がっても、太らせたいの間違いだった。危ない危ない。

 俺は利益の追求をしているのだ。これは優しさなんかじゃない。


「元気のでる食べ物と言えば……やっぱり肉か……」


 肉は高い。

 1食分の細切れ肉でも100シルクはする。

 

 だが、考えてもみろ、このエルフが売れれば肉を食べ放題の生活が待っている。


 ならばこれは投資と言える。

 エルフに美味しいお肉を食べさせてあげよう。


 ──翌日


 俺は森へ足を運んでいた。

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