大切な人を守る為に

 ギルバートはクレイを、精霊騎士団本部で保護する様だ。


 セラフィムの従者だと言っていたし、悪い様には扱わないだろう。


 その後、俺達はこの国の王に謁見する事になった。


 勇者の武器を受け継いだ者が現れた。

 たったそれだけの報告の為に、俺と咲夜まで城に連れて行かれるのだ。


「緊張しなくても大丈夫ですよ。紅玉髄の王、カーネリアン陛下は、勇者の誕生を待ち望んで居られましたから」


 そうは言ってもだ。


 国王と言ったら、国の一番偉い人じゃないか。

 そんな人物相手に、失礼な事をしてしまったら……


(短い人生だったな――)


 そう、思った。


「大丈夫、影司?」


「あ、ああ。咲夜は平気そうだな。あんまりこう言うの慣れてなくて」


「勇者なんだから、堂々としてていいと思うよ」


 そう言う咲夜の表情には、確かな自信と覚悟が見えた。


 流石咲夜だ。

 その言葉で、俺に勇気を与えてくれた。


 城には案外あっさりと入る事が出来た。


 セラフィムが居たからだろうか。

 城の兵士達も、セラフィムに対しては、敬意を表して居る様にも見える。


 謁見の間。

 王冠を被り白い髭を生やす王の姿。


「よくぞ参られた、勇者達よ。その顔をよく見せておくれ」


 固い表情になっている俺を察したのだろうか。

 孫を可愛がる祖父の様な、優しい声で語り掛ける。


 俺と咲夜は、国王カーネリアンの元に歩み寄り、自らの顔を見せた。


「うむ、どちらも勇者に相応しい、確かな意志を感じる顔だな」


「意志……ですか」


 勇者に相応しい、意志。

 俺にそんなもの、存在するんだろうか。

 俺は勇者になりたくて、それが目的でこの世界に来た訳では無いのに。


「あの、やっぱり俺……勇者なんてもの……向いてないと思います」


 勇者なんてもの、やりたくなかった。

 それを正直に国王に言えれば、どれだけ楽だっただろう。


「俺が持っている勇者らしさなんて、原初の魔導具だけじゃないですか」


 こんなもの、欲しくて受け取った訳じゃない。

 この世界にだって、来たくて来た訳じゃない。

 雷亜の放った黒い霧に飲み込まれただけなのに。

 巻き込まれた、俺だって被害者なのに。


「それに……ほら、俺って元の世界では戦った事すら無くて、この武器の使い方だって分からないし――」


 もう、放っておいてくれ。

 勇者とか、魔王とか。

 そんな命がけの争いに、俺を巻き込まないでくれ。


「……勇者とは、武具の力だけで決まる物では無い。どんな形だとしても、勇気を与える事が出来る人間は、そう多くないのだよ」


「そう、なんですか……だから俺が――」


 国王カーネリアンは頷き、俺と咲夜の頭を、両手で撫でる。


 俺が、何をしたって言うんだ。

 この王様は、俺の何を知っていると言うんだ。

 俺が今まで何を与えて来た?

 雷亜の大切な人を奪い、咲夜をこんな危険な世界に連れてきてしまって。


 ああ、そもそも最初から、俺は人の命を奪っていたんだ。

 大好きな姉の命を、俺を守るために、犠牲になった命を。


 俺は、生まれてから何一つ、与えて来た事なんて無かった。


 その後は、もう何も言えなかった。

 きっと俺が何て言おうと、勇者に仕立て上げられる。


 俺が何をしても意味は無いんだ。




 教会の一室。

 俺がこの世界で目覚めた場所。


 四つあるベッドは、本来教会の関係者で使う物なのだろう。

 その部屋を、今は俺と咲夜の二人だけで独占してしまった。


 俺は勇者だから、関係者に含まれているのだろうか。

 それと同時に、咲夜も巻き込んでしまった。


 勇者である俺の戦いに。

 命を懸けて、魔王と戦う運命に。


「明日、楽しみだね。私達がこの国の勇者だって、認めてもらえるんだよ」


「あ……ああ。そうだな――」


 何で、そんなに笑っていられるんだ。

 俺の所為で、巻き込んでしまったのに。

 俺が憎くはないのか?


「なぁ、咲夜。咲夜も勇者だって認められるんだよな。その……怖くないのか」


「少しだけ、ね。でも、私がやらなくちゃって思った。この世界では、争いが日常だから」


 やっぱり、咲夜は強いな。

 俺は、逃げたくてたまらないと言うのに。


「それにね、実は結構楽しみなんだ。知らない場所に自由に行ける冒険とか、そう言うの、憧れてたから」


「そう、だよな。日本じゃ冒険なんて、そんなに出来ないもんな」


 今までで一番楽しそうに、これからの旅に希望を抱いて、咲夜が笑顔で頷く。


「これからよろしくね、影司」


「……ああ」


 明日に備えて、俺と咲夜は眠りについた。




 眠れない。

 明日の事を思うと、怖くて眠れない。

 一人は嫌な筈なんだ、今は仲間だっているんだ。

 それなのに、俺は逃げた。




 教会から抜け出して、街からも出るのは簡単だった。

 雷鳴が響く嵐。

 走って逃げたって、目撃者なんていなかった。


 俺は今から逃げる。

 勇者としての使命から。

 俺を無理やり勇者に仕立て上げ、殺そうとする悪意の目から。


 当ては無かった。

 それでも、ただひたすら走れば、遠くに行けば、逃げられるかもしれない。


 明日、俺達が勇者になると、国王カーネリアンが宣言する。

 それと同時に、国を挙げて、盛大な催し物が開催される。


 そうなってしまったらもう、逃げる事は出来ない。


 俺はひたすら走った。

 街からは大分離れる事が出来た。


 気が付けば、狼達に周りを囲まれていた。


 折角逃げたのに、こんな所で死ぬのか。

 でも、これはある意味、救済かもしれない。


 狼達だって、生きる為には喰らわなきゃならない。

 命を犠牲にしなければならない。


 だから俺は勇者として、この狼達に命を捧げる。

 そうする事で、勇者としての使命を終えることが出来ると、そう考えたんだ。


 でも、その願いは叶わなかった。

 俺の肉を欲していた狼が、無慈悲にも雷に貫かれた。


「世界は、俺が死ぬのも許してくれないのか」


 何故なんだ。

 俺の体が、この世界の命となるんだぞ。

 それなのに、何故死なせてくれない。


 群れの規模が、どんどん大きくなっていく。

 俺は一人になりたいのに。

 逃げたいのに。


「お前達も、俺が一人になる事を許してくれないのか」


 ダメだ、来ないでくれ。

 俺に近付けば、お前達も死ぬぞ。


 そして、俺の目の前でまた複数の、この世界に生きる命が消えて行った。


「そうかよ。俺がどんな思いで、あの場所から逃げて来たか分からないんだな」


 俺の側に居たら、咲夜まで殺してしまう。

 これは呪いだ。

 勇者として生きる所為で、咲夜まで死んでしまう。

 目の前で、命を失ってしまう。


 でも、この世界は逃がしてくれないんだ。

 どれだけ俺の目の前で命を失っても。

 心が破壊されたとしても。

 魔王を倒すまで、世界が、死ぬ事を許してくれない。


 戦いの末に身を亡ぼす事が、この世界の願いなら……


「望みどおりにしてやるよ」


 俺は戦う、一人で。

 戦って、戦って、戦い抜いて。

 強くなって、魔王を倒して、呪いから解放されてから死んでやる。


 狼が腕に喰らい付く。

 やっぱり、戦って死ぬのって、これよりも痛いんだろうな。


 でも、俺はまだ生きている。

 死ぬ程の痛みじゃ無いんだ。


 戦って失った命に比べれば、俺の痛みなんて、ほんの些細な物だから。


「でも、やっぱり痛いな。死にたくはないな。一人で死ぬのは……嫌だな」


 流れ出るのは血液だけではない。

 涙も、流れていた。


 腰のホルスター、これには俺が勇者である証の、原初の魔導具が収められている。

 常にこれを携帯する事によって、俺が勇者であると示すためだと。

 そう言って渡された。


 これが勇者の証だから。

 こんな所で死にたくはないから。


 俺を守ってくれた、この世界の雷の様に。

 無数の悪意の目から、咲夜だけでも守る為に。


 俺は願ったんだ。


「願うのは、連鎖する雷撃の弾丸チェインライトニング


 繋がった雷達が、俺の仲間を守ってくれると、そう信じていたから。

 その曖昧な願いを、レクイエムが導いて、魔法として形にしてくれた。


 俺は、守るために、命を奪う――


 銃口から稲妻が放たれ、周囲の無数の命が、跡形もなく消え去った。


「ごめん、ごめんよ。お前達だって、生きる為に仕方なかったんだよな」


 涙が止まらなかった。

 感情が溢れて、抑えられなかった。

 俺の放った、たった一発の魔法で、沢山の命が犠牲になった。


 俺だって死にたくはない。

 でも、この狼達だって、生きる為に人を襲うはずなのに。


「どうせ、逃れられない運命なら。絶対に生き残ってやる。勇者として、魔王を倒す!」


 それが、俺の誓いだ。

 魔王を倒す過程で、少しでも命を無駄にしない為に。

 俺が魔王を倒す。

 そうすれば、もう命を奪わなくて済むから。


 一人になれるから。

 死ぬ事を許されるから。

 だから、それまでは……


「俺が生き残る事を、許してくれ――」




 そこから先は、どうやって街に戻ったのか覚えていなかった。


 ただ、俺の記憶に強く残るのは。

 俺の体を抱きしめてくれた、咲夜の温もりだった。


 沢山の命を奪った、俺を抱きしめてくれた。


 咲夜は言ってくれた。

 俺の温もりがあったから生きて来れたんだと。


 俺が、一方的に巻き込んでいたって言うのに。

 咲夜が付きまとったから、嫌われたんだと思っていたらしい。


 それは違うよ。

 俺だって、咲夜が居たから、勇者として戦い抜く覚悟を決めたんだ。

 咲夜だけでも、争いから守るために。


 俺の名は白崎影司しろざきえいじ

 この世界の勇者だ。

 俺はこの力で、世界を、咲夜を守る。

 そう、誓ったんだ。

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ロストフラグメント~異世界転移した勇者と魔王の交差する願い~ @sekitun

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