勇者少年と精霊少女

 ここは炎の国ブレイズ。


 互いの名前と、この国の事を聞いた俺達は、セラフィムの案内で、ブレイズの街中を歩きながら、周囲を見て回る。

 一見すると、人と人が歩み寄り、笑いあっている微笑ましい風景だ。


「この中にも精霊って居るのかな。見ただけじゃ分からないけど」


「それは……そうですね、精霊族の身体的特徴は、人間とほぼ一緒ですから」


 炎精霊セラフィム。

 彼女も、ノクターンと同じく精霊族であるが、言われなければ精霊だと気が付かなかった。


「い……いや、離してよ、誰か――」


 声が聴こえた方向を見てみると、屈強な男が、金髪のメイド服を着た女の子の腕を掴み、何処かに連れて行こうとしていた。


「……ごめん、ちょっと行ってくるね」


 その状況を見ていられなくなったのか、二人の所に向かう咲夜。

 女の子の腕を掴み、連れ去ろうとしている異様な状況。

 それが見えるにも関わらず、当たり前の日常としてだれも止めようとしない、俺にとっての非日常。


「この子を離してください。あなたに何をしたって言うんですか」


「何をした、だと? こいつは精霊族だぞ!? しかも土の。グランドの奴らがどうしてブレイズに居るんだ? どう考えてもスパイじゃないか!」


 精霊族に対して行う事だから当然だ。

 自分は悪くない、ここに土精霊が存在するから悪いんだ。

 この男の主張は、そう言う事だろう。


 そして、これがこの世界の常識かの様に、見て見ぬふりをする人間達。

 何故、誰も止めようとしないんだ。

 この世界を共に生きる命ではないのか。


「ブレイズと隣国であるグランドとは長年対立しているんです。精霊族、特に土精霊を奴隷の様に従わせ、兵力として扱っているので……」


 対立。

 国家間で争いあっているという事か。

 自国を守る為だから当然だ。

 正義なんだと、そう思って見て見ぬふりをしているんだ。


「ソルが魔王になった気持ち、少し分かる気がするよ」


「……お兄様は、この世界の誰よりも、共存を願っていましたから――」


 そう言いながら、魔王となった兄に想いを馳せる様子のセラフィム。

 ソル自身もまた、精霊族なんだ。

 平和の為に戦っている筈の、勇者と言う肩書き。

 その平和は、誰の為にある?


「精霊族とか、スパイとか、関係ありません。大人が、子供に暴力を振るって、恥ずかしくないんですか!?」


 自分の境遇と重ねているかの様に、目に涙を浮かべ、叫ぶ咲夜。

 咲夜の感情的な声、初めて聴いた気がする。


「うるせぇ! その言葉、グランドの奴らに殺された奴にも、同じ事が言えんのか!」


 屈強な男が、咲夜を力強く突き飛ばす。

 男の手を振り払い、恐怖で震えながらも咲夜を庇うように前に立つ精霊の女の子。


「そうだよな……誰だって、本当は争いたくは無いんだよな――」


(来い、レクイエム)


 心の中で、魔導具の名前を呼ぶ。

 俺の右手に、純白の回転式拳銃が生み出された。


 屈強な男と、精霊の女の子との間に入り、銃口を男に向ける。


「二人とも、俺の仲間なんだ。怖がらせるなら、容赦はしない」


 とは言ったものの、この武器の使い方自体は分からない。

 だが、剣よりも、離れた距離から攻撃できるのだとしたら。

 そう言う武器だと認識していれば、敵意を示すだけでも効果はある筈だ。


「何だ、魔導具? これって、まさか」


 レクイエムを見た男の顔が青ざめていく。


「その魔導具は原初の魔導具だ。つまり、この少年は勇者であると言う事」


 別の人物から声をかけられると、屈強な男は走って逃げて行った。


「大丈夫か、勇者少年。セラの嬢ちゃんから呼び出されたから来てみれば――」


 俺を勇者少年と呼ぶ、その人物。

 先程の屈強な男よりも更に大きく、筋肉質な体。

 二メートルはあるその体と坊主頭。


「ギル、来てくれて助かりました。念のため騎士団の方で、その子を保護してもらえますか?」


「ふむ、分かった。精霊騎士団団長、ギルバート・フレイメルの名に懸けて、精霊少女を保護する事を誓おう」


 ギルバートと名乗るこの大男は、精霊の女の子に手を差し伸べる。

 俺の方を見て笑顔を作る精霊の女の子。


「ありがとう、勇者様! あたしの名前はクレイ。土精霊のクレイだよ。また会えたら嬉しいな……!」


 ギルバートから差し伸べられた手を取ったクレイ。


「あの子の事は心配しないでください。ギルは私の従者なので。ちゃんと私の願いを理解してくれています」


 あの大男が従者だと言うのか。

 逆だと思っていた。


「咲夜、大丈夫か?」


「あ……わた、私――」


 男に突き飛ばされたショックで、恐怖から震えが収まらない様だ。

 涙を流し震えている咲夜を、優しく抱きしめ、頭を撫でる。


「大丈夫、怖かったよな。咲夜の勇気が、あの子を救ったんだ」


 俺はただ、傍観者でしか無かったんだ。

 俺よりも先に、咲夜があの精霊の女の子に手を差し伸べた。


「咲夜には敵わないな。俺より勇者らしいよ」


 きっと咲夜の勇気が、あの子の笑顔を取り戻したんだ。

 咲夜の心は、俺よりも強いんだ。


 俺も勇者として、何が出来るんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る