旅の始まり
姉である陽菜を失って、友人だった雷亜も姿を消した。
俺を構成していた要素の全てが崩れ去る様な感覚。
これは喪失感だろうか。
生きる意味すらも無くなった。
ある日、俺は自分の姿を鏡で見て驚愕する。
黒髪から色が抜け落ち、真っ白に染まっていた。
その後、高校生になってからも、自分が生きているか、死んでいるかも分からない状態で、ただ無気力に生き続けていた。
「俺よりも、生きるべき人が居た筈なのに」
雨の中、ずぶ濡れになりながらも、当ても無く歩いていた時、誰かとぶつかった。
黒い髪に綺麗な顔立ちの女の子。
身長は俺よりも低めで、とても痩せている様に見えた。
そして、服の隙間から見えた体中に残る痣。
腕には刃物で切りつけられた様な傷跡すらある。
きっとこの子も、誰にも頼る事が出来ずに彷徨っていたのだろう。
腕に残る傷が気になり、声をかけてみた。
自分の腕を確認して、やっと気が付いた様子の女の子は、そのまま立ち去ってしまった。
どの位の時間、その場に立って居たのかは分からない。
雨は上がり、太陽の光が優しく照らしていた。
「姉さん……俺、どうすれば良かったんだろうな」
あのまま放っておいたら、あの女の子が消えて無くなってしまいそうな、そんな気がしていた。
でも、俺が手を差し伸べた所で、その手を取ってくれるのだろうか。
「俺、行ってくるよ。今度は助けられるかもしれないから」
手を差し伸べれば救えたかもしれない命を失う事で、二度と後悔はしたくなかったから。
何かを呟きながら、虚ろな目で交差点を渡ろうとしていた。
車両が迫っているのにも気が付いていない。
「俺の手を取ってくれ。もう人が死ぬのを見るのは嫌なんだ!」
あの時の俺は、その女の子の姿に、亡き姉の姿を重ねていたんだと思う。
必死に手を伸ばし、叫ぶ俺を見た女の子の瞳には、光が宿ったような気がした。
伸ばした手は繋がって、後は引き戻すだけ。
「良かった、今度は助ける事が出来たんだ。命を救う事が出来たんだ」
引き寄せた女の子を抱きしめる。
温かい、ちゃんと生きている。
「なんだよ、陽菜は助けられねぇ癖に、何でその女は助けてんだよ」
俺を呼ぶ懐かしい声。
でも、その言葉が、俺に冷たく突き刺さった。
「雷亜……生きてたんだな、雷亜」
「ああ、生きてるよ。陽菜が居ない、こんなクソッタレな世界でな」
様子がおかしい。
俺が知る雷亜ではないみたいだ。
雷亜にも手を差し伸べる。
もしかしたら、戻って来てくれるかもしれないと思いながら。
「ダメだ。来るな」
伸ばした手を振り払いながら、雷亜が言った。
「なんだよ、どうしちゃったんだよ」
雷亜の体から、黒い霧が噴き出し、周囲に漂い始める。
「逃げろ、逃げてくれ影司。じゃないとお前まで殺しちまう」
雷亜はきっと、俺の助けは望んで居ない。
先程の女の子を連れて逃げようとしたが、そのまま黒い霧に飲み込まれてしまった。
「俺は死んだのか、また守れなかったのか」
黒い霧に飲まれ、何も無い真っ黒な空間に立って居た。
「君は生きているよ」
声のする方を見ると、そこには美しいドレス姿の女性が立って居た。
「でも、君は飲み込まれてしまったんだ。太陽の魔王、エクリプスの闇に。僕の元相棒で、かつては勇者ソルと呼ばれていた」
魔王が、元勇者だったと言うのか。
「お願いだ、僕の代わりに勇者となって、ソルを助け出して欲しい。その為の力は、僕が与えよう」
そう言いながら、両手に純白の剣と銃を一つずつ生み出し、俺の体に埋め込んだ。
「この剣の名はイノセント。悪意を打ち消す力を持っている。そしてこの銃がレクイエム。願いを形にして撃ち出す事が出来るんだ。どちらも僕の魂から創り上げた、原初の魔導具と呼ばれる物さ」
こんなもの、いきなり貰っても困る。
それに、あの女の子はどうなったんだ。
「心配かい? いいよ、彼女に会わせてあげよう。でも忘れないで欲しい。君の肉体は、既に別の世界に転移されているからね」
気が付いたら、全く知らない場所に立って居た。
桜咲き誇る大地。
そこに、女の子が立って居た。
「さっきは私を助けてくれてありがとう。私は桜花咲夜って言うの。あなたは?」
「白崎影司。ごめん、こんな事に巻き込んでしまって」
「ううん。初対面の私に手を差し伸べてくれたのは、あなただけだから。すごく嬉しかった」
いつの間にか横に立っていた、ドレス姿の女性。
俺に手渡した原初の魔導具と同じ物を生み出し、手渡している。
「もし良ければ、君も一緒に来るかい?」
大きく頷き、俺の手を握ってくる咲夜。
「私も行きます。この世界に、私の居場所は無いから。この人と共に歩んで行きます」
何処か、無理やり笑顔を作った表情を見せる咲夜。
俺が巻き込んだのに、それでも共に歩みたいと言ってくれるのか。
「ありがとう、咲夜。俺達は仲間だ。これからよろしく」
そんな俺達をみて、微笑んでいるドレス姿の女性。
「僕の願いは、君達と共に歩む事。我が名は闇精霊ノクターン。僕が知る世界の言語や知識を、君達と共有し、共に戦う事を誓おう」
桜花咲夜、ノクターン。
二人も仲間が出来てしまった。
これから俺達の旅は始まるんだ。
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