ロストフラグメント~異世界転移した勇者と魔王の交差する願い~

@sekitun

ロストフラグメント

 俺は異世界に転移した。

 そして、勇者となった。


 だが、失ってしまった筈の友人が、俺の目の前に現れたんだ。

 勇者と相反する存在。

 魔王として。


「太陽の魔王、エクリプス――」


 俺の目の前に居る、燃える様な赤い髪の男性。

 幼い頃に姿を消した、失ってしまった筈の友人が、そこに居た。


「久しぶりだな。影司」


 その魔王は、勇者である俺の名前を呼んだ。


 異界の勇者、白崎影司しろざきえいじ

 この世界で、俺はそう呼ばれている。


「何故、俺の名を知っている。お前は雷亜なのか? それとも、本当に魔王エクリプスなのか」


 魔王エクリプス。

 その見た目が俺の友人、黒鉄雷亜くろがねらいあとほぼ同じ物だった。


 信じたくは無かった。

 俺の目の前に居る魔王が、俺が知る人物だったなんて。




 これは、俺の罪だ。

 俺の姉であり、雷亜の大切な人を死なせてしまった、俺の罪。


 少し歳が離れた姉が居た。

 陽菜ひなと言う名前の通り、俺と雷亜を優しく照らしてくれる、温かい太陽の様な女性だった。


 そんな姉が、俺を庇って死んでしまったんだ。


 俺が、勇者になんてならなければ、魔王と敵対する事も無かったのに。



 平和な日常。

 平和な世界。

 そんな未来を信じて、俺は勇者になったんだ。


 俺が異世界に転移して、初めて目覚めた場所。

 その国では、新たな勇者の誕生を祝う盛大な催し物が行われる予定だった。


 でも、俺は逃げたんだ。

 勇者と言う責任から逃れたくて。


 嵐の中、誰にも知られる事無く街から出るのは簡単だった。


 当ても無く走り、街の姿が見えなくなった頃、俺は狼の群れに囲まれた。


 何の力も無い俺が持たされた、唯一の勇者の力。

 原初の魔導具。


 こんな所で死にたくは無かった。

 だから俺は、この世界で初めて命を奪ったんだ。


 原初の魔導具の力を使って。


「願うのは、連鎖する雷撃チェインライトニングの弾丸」


 この世界での魔法。

 それは願いを形にする力。


 俺はその力を使って、狼達の命を一瞬で奪ってしまったんだ。


 俺は後悔した。

 あのまま勇者にならずに逃げていれば。

 こんな事にはならなかったのに。


 全ての始まりは、あの日、桜咲き誇る大地で、彼女と共に歩み始めてから、俺の運命は大きく変わってしまったんだ。


 俺が勇者として戦う理由。

 それは彼女、桜花咲夜おうかさくやを守る為。

 争いの絶えないこんな世界に、彼女を巻き込んでしまった、俺の罪滅ぼしでもあったからだ。


「大丈夫、勇者は一人じゃないよ」


 そう言って俺の手を握る咲夜。

 俺と共に居る事を望んでくれた、大切な人。


 俺は彼女を守る為だけに、勇者となった。


 ロストフラグメント。

 形だけ取り繕った平和な日常でも、失われた断片は確かに存在するんだ。


 俺はあの日、それを身をもって知った。

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