第27話 やさしき魔女
「お母さんのことなんて、お父さんには関係ないでしょっ!!」
普段は決して見せないような、感情を爆発させた白石さんの表情。それに呆気に取られて、逃げ去る彼女をただ見ていることしかできなかった。
「……なんだかすみません。急に押しかけた挙句、親子のすれ違いのためにお邪魔する羽目になってしまいまして……」
沈黙を破ったのは、当の白石さんのお父さんだった。深々と頭を下げ謝罪するお父さんを、アオイは困惑を隠せないまま
「いえ。色々と事情があるのでしょうし、気にしないでください。それよりも彼女の方は……」
「今はそっとしておいてやってください。元より問題は僕にありますから、あの子にも整理する時間が必要なんだと思います」
「……そうですか」
詳しい事情は分からないけれど、なにか複雑な問題があるのだろう。
「いずれ、改めて話をしようと思います。今すぐにでは口もきいてくれないでしょうから……。ご迷惑をおかけしてすみません。」
アオイたちに対して何度も頭を下げながら、
「僕も、変わらないといけないのかもしれませんね……」
最後にそう呟いて、白石さんのお父さんは去っていった。
「アオ、追いかけないの?」
「え?」
お父さんを見送った直後、近づいてきた魔女姿の鈴蘭が小さく訊ねてきた。
「佳実ちゃんのこと。きっとアオに来てほしいと思ってるよ」
「それは……そうかもしれないけど」
「もう交代の時間だし、行ってきて。後のことはやっておくから」
「でも、この後はスズと約束が……」
「バカ。どう考えたって、そんな場合じゃないじゃん。佳実ちゃんは、アオに会うためにこの学校に来たんだよ? それは、こういう時にアオに側にいてほしいからでしょ。いま行かなきゃダメ」
「っ……でも、それは……」
白石さんの気持ちは分かっている。
だが、それに応えるのは
ひなたとの過去に生きている俺などでは、こういう時に力になることなんて───
「……っ、バカッ!」
ドカッ!
突然、鈴蘭にお腹を殴られた。
「……す、スズ……?」
「……バカ! アオの大バカ! なんでそんなに変わらないの……!? 佳実ちゃんでもアオの隣にいられないなんて、それじゃあ誰が、誰だったらアオを幸せにできるの……っ……?」
「……!」
泣きながらそう言って、鈴蘭はすがりつくようにアオイを引き寄せた。
「どうして……どうしてアオはっ……! 幸せになろうとしてくれないの? なんで、諦めさせてくれないの? やっとアオに振ってもらったのに、このままじゃわたしは、いつまで経っても前に進めないよ……」
「スズ……」
「どうしたらアオは笑ってくれるの? アオが嬉しそうに、楽しそうにしてくれてたら、わたしはそれだけで……っ……」
腕の中で泣きじゃくる鈴蘭を抱きしめながら、情けない自分自身を恥じた。
今更ながらに思い知る。変わらないといけないのは、俺の方だと。
俺は今なおあの頃に囚われたままで、周りのみんなを傷つけてしまっていた。そんな俺のことを、本気で心配してくれる人たちがいたのだ。幸せでいてほしいと願ってくれる人たちがいたのだと。
それなのに、あろうことか俺はそんなやさしい人たちからも逃げ出そうとしていたのだ。
ひなたとのことを忘れてしまうのが怖くて、前に進むのが不安だった。そんな立ち止まってばかりの俺を、必死で引き上げようとしてくれている人たちがいることに気が付かなかった。
こんなことでは、ひなたにも呆れられてしまうだろう。何より、ちゃんと幸せになるためにこの学校に来ることを選んだのは、他でもない俺自身だったのだから。あの子が遺してくれた未来を、台無しにすることなんて出来はしない。
「……ありがとう、スズ。行ってくるよ」
慈しむように優しい少女の髪を撫でながら、決意を込めて言った。
「アオ……」
「情けないところばっかり見せるな俺は……。スズ、君は最高の
「っ……アオ……っ……」
しゃがみ込んだまま、同じ高さで目を合わせて感謝の言葉を告げる。喜びと悲しさと、寂しさの入り混じった今にも崩れそうな笑顔を見せた鈴蘭は、最後に一発、弱々しい拳でアオイの胸を殴りつけた。
「バカっ……! ……いってらっしゃい、アオ」
胸に受けた痛みを噛みしめながら、アオイは振り返らずに教室を後にした。
外は暗く、雨が降り出しそうだった。
白石さんが向かった先は───あの場所だろうか。
ひとつ思い当たるところがある。その場所へ向けて、アオイは足早に歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
「───スズちゃん」
ナナ先輩が、そっとわたしを抱きしめる。
「ぐすっ、ひぐっ、ナナ先輩ぃ……」
「よくがんばったね。えらいよ」
先輩に頭を撫でられて、わたしは勝手に流れ落ちる涙もそのままに、声を抑えきれずに泣きじゃくった。
「これはもう、全面的にアオ先輩が悪いよね。スズの気持ちを知ってて、白石さんを天文部に引き込んだようなものだし」
「しおしお、そんな言い方しない。まあ、せめてアオくんには文化祭の打ち上げの費用は全部持ってもらおっか」
紫苑くんを諫めつつ、容赦のない宣告を下すナナ先輩。
「なんだかんだ、みんなに好かれてるよねぇ。アオくんは」
危うい雰囲気になったら割って入ろうと陰でそっと様子を見ていた菜夏先生も、ようやくホッとした様子で会話に加わった。
「当然です。わたしの、最高のお兄ちゃんなんですから。アオは」
「……そっか」
「はい。ずっと大好きだったから。だから、もっとたくさん笑ってほしい」
「スズちゃん、いいこいいこ」
再び先輩に抱きしめられる。
わたしはナナ先輩が、去年顧問の九条先生に告白して振られたことを知っている。先輩のわたしを労わる気持ちには、嘘偽りのない優しさが込められているのが分かった。
「もう……そんな犬みたいに撫でるのはやめてください。お店を再開しないと」
涙を拭って、わたしは気合いを入れなおす。
「そうだね。後で、こんなにお客さん来たんだよって自慢しよ!」
「はい!」
佳実ちゃんとアオのことに想いを馳せながら、わたしはこれからさらに忙しくなる喫茶店のことに集中することにした。
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