第24話 文化祭




 文化祭。学園祭とも呼ばれるその行事は、こと文化系の活動に情熱を燃やす学生にとってはメインイベントとも言える祭典だ。活動的な生徒が多く、放課後にグラウンドや講堂で掛け声を上げている運動部の学生たちの方が、文化部の面々と比べれば普段は何かと目立つもの。それだけに自分たちが主役となる文化祭では、これ幸いと盛り上がる。

 それは、この天文部でも例外ではない。




 「先輩先輩! ほらこれ見てください! かわいいでしょう?」

 「あーそうだね、かわいいね。でもそれ、帽子に穴開けちゃってるんじゃないか? 大事な衣装だろうに。」


 文化祭当日を迎えてテンションもマシマシな白石さんに、改めて魔女衣装をお披露目されていた。前に見せてもらった魔女装束と同じものだが、魔女の代名詞とも言える三角帽子に、星の形を模したキーチェーンがぶら下げられていた。


 「実はこれ、こういう小物を下げられるように取っ掛かりが付いているんですよ。なので全然問題ナシです! これもハロウィンとかの装飾の名残りですね」

 「へー……」


 相手をするアオイは多少引き気味なくらいだった。“魔女”の家系と言うだけあり、この魔女装束の着こなしも慣れを感じさせる。元が美少女と呼んでも差し支えない容姿の持ち主の彼女に、普段とは違う格好でこうも無邪気な笑顔を向けられると、流石のアオイとて心に来るものがある。憎からず想われているのも分かっているため、どう対応したらいいのか困る。それゆえの戸惑い。




 「ねえねえアオくん、私は?」


 そんなアオイに後ろから声を掛けてくる人物がいた。この天文部の副部長であるナナ先輩だった。ちょうど良い助け舟が来たと、アオイは先輩の方へと顔を向ける。


 「佳実ちゃんほどじゃないけど、私もちゃんと魔女に見える?」

 「ええ、流石はナナ先輩。似合ってます。なんなら、油断すると取って食われそうなくらいで」

 「それって褒められてるの?」

 「褒めてますよ。魔女ってやっぱり、ある種の不気味さというかミステリアスさが必要ですから。天文部を裏から統べる真の部長たるナナ先輩には、まさにハマり役といった感じでぁ痛ててっ!」

 「むう、相変わらずの減らず口。魔女なら悪い子にはお仕置きしないと」

 「だからって頬をつねることはないじゃないですか……」


 今年の天文部の出し物は、教室ひとつを貸し切った喫茶店。それも、「魔女の喫茶店」をテーマにして、天文部らしい星空や天体についての展示も交えて作られた本格的なもの。せっかく現役の“魔女”がいるのだからと、女子店員は白石さんが持ってきた魔女装束を着て接客することが決まった。コスプレ喫茶のようなものだろうか。

 そんなわけで、ナナ先輩もまた魔女の衣装に身を包んでいた。すらっと背の高いナナ先輩が黒い三角帽とローブを纏った姿は、なかなかの雰囲気があった。人を引き込む独特の空気感を持つナナ先輩にはピッタリの衣装かもしれない。


 「ナナ先輩、背が高くて羨ましいです。わたしももうちょっと背丈があったらな……。ううん、きっとまだこれから伸びるハズ……!」

 「佳実ちゃんは、可愛いからそのままでいいのに」

 「持ってる人は、持たざる者の気持ちが分からないんです! ナナ先輩、背も高いしスタイルも良いし……」


 チラッと白石さんの視線がナナ先輩の胸元に向かう。自分のものと見比べると、白石さんの顔には落胆の色が露わになる。ナナ先輩と比べてメリハリがないのは……仕方ない。そこまで気にする必要はないと思うのだが、女の子にとって容姿の悩みというのは尽きるものではないのだろう。




 「白石さんは今のままで良いんだって! 後輩の子に上目遣いで頼み事されたら、断れる男なんていない。低いからこその魅力ってもんが……なあ三柳?」

 「悩んでるって言ってるのにわざわざ触れるんじゃないわよ、バカ。それよりも、いいなぁ魔女装束。後であたしも着せてもらえるのよね?」

 「ああ、交代のときはお願いするよ。でもせっかくだから、まず最初は天文部のメンバーでいこうと思ってね。遠藤さんたちも手伝いに来てくれてありがとう」


 さらに声を掛けてきたのは、アオイのクラスメイトである幼馴染コンビの二人。高橋の的を外したフォローを遠藤さんが非難する、どことなく漫才のような感のあるやり取りは長年の付き合いの賜物だろうか。

 喫茶店をするにあたって、天文部の6人だけでは人員が足りないということで各人が何人かの知り合いに助っ人を頼んでいた。アオイが連れてきたのがこの二人。遠藤さんはクラス委員ではあるが、文化祭当日は仕事もあまり無いということで快く引き受けてくれたのだ。


 「いいのよ。クラスの出し物のメイド喫茶も手伝おうとしたんだけど、危うくメイド服を着せられそうになったから逃げてきたの。あんなのよりこっちの方が断然いいわ」

 「あはは、それはそれは。遠藤さんならあれも似合いそうだから、一度見てみたい気はするんだけど」

 「やめてちょうだい……あの子たち、『いつでも貸すから! 当日も着て歩いて、どんどん宣伝してきて!』なんて言ってるんだから」


 ウンザリした様子で遠藤さんは言った。あのメイド服、落ち着いたデザインだけれど可愛らしいと思うんだけどな。メイド服というもの自体のイメージに抵抗があるのだろうか?

 なお、高橋の方は文化祭を回る時間が減るからと言って渋っているのをアオイが強引に引っ張ってきた。「こういう時に断らずに、積極的に力を貸すのがモテるための必勝法」だと適当な理屈をでっち上げて。とはいえ、贔屓目かもしれないが、この天文部の女性陣は皆人目を集めるくらいには整った顔立ちをしている。実際に来てからは、高橋も存外にやる気を見せていた。尤も、この子たちを落とすのは容易ではないだろうが……。アオイは、出会いに飢えた友に心の中でエールを送る。


 「白石さんも、“舞台ショー”のときは頼んだよ。君の魔法マジックのウデは確かだ。きっと上手くいく。楽しみにしてるよ」

 「……! はいっ、任せてくださいっ!」


 なにやら落ち込み気味の白石さんにも発破をかける。実際、彼女のマジックはかなりのものだ。ホンモノの“魔女”としての貫禄を存分に発揮してもらえばいい。

 “魔女”としての活躍への期待を煽られれば、些細なことで落ち込んでいた後輩もすぐに復活する。よーしっ! っと気合いを入れる元気な掛け声が、いつもの調子を取り戻したことを物語っていた。




 「さて、そろそろ開場の時間だ。みんな、準備は良いか?」


 部長であるアキオ先輩が、教室にいる一同に声を掛けた。


 「いよいよ文化祭本番だ。俺たちの一年の成果を見せる時でもある。予報では雨だった天気も、晴れ間が見えるほどの文化祭日和だ。今年は新しいメンバーも個性にまみれた奴らばかりが加わって、この天文部は去年まで以上に面白い場所になったと思っている。この部を築き上げてきた過去の先輩たちにも、胸を張って誇れる『成果』だ。みんなのおかげで、こうして斬新な切り口で出し物も作れたしな。あとは自信を持って本番を迎えるだけ。この二日間、よろしく頼む!」


 アキオ先輩の発破に、皆が頷く。白石さんの加入、鈴蘭の喫茶店への熱意、とことんこだわる紫苑の性格。それぞれの要素が噛み合い、良い出店になったというアキオ先輩の意見には、アオイも全面的に同意する。アキオ先輩とて、何かアオイたちにはまだ明かしていない“隠し玉”も用意しているようだ。さすがは、過去の先輩たちへの憧れから三鷹天文台を目指すアキオ先輩。何かとサプライズを仕掛けたり、想像の斜め上を行く人ばかりが集まってきたこの天文部の、最も薫陶あつき現部長である。



 だが、そんな部長の言葉を聞きながらアオイは、どことなく落ち着かない気持ちになっていた。

 皆が自分のしたいことを心に決め、なりたい自分、進みたい未来へ向けて歩んでいる。それに比べて、今なお過去に縛られてばかりで前に進めない俺は……



 と、そこまで考えてアオイは悪い方向へと向かい始めた思考を振り払うように頭を振る。こんな調子じゃ、あの日告白を断ったにも顔向けできないな。




 「せっかくの文化祭だよ。頑張るのも良いけど、自分たちが楽しむのも忘れないようにね!」

 「はい。」


 沈みかけたアオイの気持ちを引き戻すかのような丁度良いタイミングで、菜夏先生がパンとひとつ手を叩きながら言った。

 気合も入り、少々肩に力が入り過ぎた面々に対して、顧問のフォローが入った頃。


 「───ただ今より、第52回三鷹山葉学園高等学校文化祭を開催いたします」


 生徒会長のアナウンスにより、今年の文化祭が幕を開けた。


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