第20話 想い人




 「やっほー、スズちゃん!」

 「佳実ちゃんお待たせ。迎えに来てくれたんだ。」

 「うん。どうせなら一緒に行きたいし。……正直、同じクラスの友達とはあんまり付き合いが上手くいかなくて。」

 「そうなの?」

 「グループみたいなのが出来ててね……ああいうの、ちょっと苦手で。」

 「あ~、あるよねそういうの。中学の頃はわたしもそうだったかも。」


 放課後、わたしはスズちゃんと会話を交わしながら、一緒に天文部の部室へと向かった。


 「で、その荷物の中身は何なの?」

 「えへへ、気になる? それは、着いてからのお楽しみにね。」


 わたしの背負う大きな袋を見てスズちゃんが興味深そうにしているのを見ると、ついしたり顔になってしまう。この中には文化祭の準備として持ってきた大事なものが入っているからだ。


 「天文部って、普段はどんなことをするのかなって思ってたけど。案外、その……活動としては地味なんだね。」

 「そうだよねえ……。高校生の部活だから、夜中の天体観測も親の許可を取ったりしないといけないからそうしょっちゅうはできないし。あとは天文ニュースを調べたり、天文学や地学の勉強をしたり、たしかに地味だよね。」

 「お母さんがむかし言ってた、『高校時代に勉強したことが、絵本づくりにも役立ってる』っていうのも、たぶん天文部で勉強したことなのかもなって。お母さん、星に関する物語が多かったから。」

 「『天文部は宇宙に関するただオタクの集まりだ』って……これ、ナナ先輩が言ってたことね。」

 「うーん、その通りすぎるよね。人が集まらないのも当たり前かも。」


 事実、ウチの天文部に2年生はアオイ先輩しかいない。先輩も言っていたけれど、わたしの入部はこの天文部にとってかなり有難いことだったらしい。


 「入ってみたら、思ってた以上に楽しいところだったんだけどなぁ。」

 「それは、今が文化祭の準備の期間だからじゃなくて?」

 「それもあるかもなんだけど……こう、みんなでやってる感じがするっていうか。紫苑くんとか、みんな目標があって何かをしようとしてるっていうか。」

 「ウチは活動の『成果』を求められるからね。みんなで頑張って何かを成し遂げたとか、新しい発見をしたとか。全国の学生論文コンクールに参加したり、地学オリンピックに参加したりした代もあったって。」

 「へえぇ……地学オリンピックなんて初めて聞いた。」


 なんでも地学の知識を競う大会らしく、全国大会だけでなく世界大会まであるらしい。当然、天文分野だけでなく地質や気象学の問題も出題される。必死になって勉強して、つくば市で行われる本選試験まで行ったとか。つくば市といえば、日本を代表する宇宙開発拠点のひとつであるJAXSAつくば宇宙センターのある場所である。国際宇宙ステーションの実験棟を使った研究や、宇宙飛行士の養成も行っているとか。……こういった話は、アオイ先輩が好きそうだなぁ。


 「ここの天文部って、なんでそんなに精力的なんだろう。」


 部室にたどり着くが、他の面々はまだ誰も来ていなかった。


 「アオが言うには、前の顧問の先生の方針だったからって話だけど。とはいえ、そもそもウチの天文部は特別なんだって。」

 「特別?」

 「うん。なんたってこの三鷹山葉学園高校のすぐ近くには、三鷹天文台があるからね。」


 国立三鷹天文台。日本の天文研究の最先端を担う、JAXSAが擁する国立天文台のひとつ。


 「天文台に一番近い高校だからなのか、天文台に勤めてる人の中にはウチの卒業生も何人かいるんだって。毎年、夏休みには三鷹天文台にお邪魔して、あの大きな天体望遠鏡で天体観測をさせてもらうんだよ。」

 「夏休み!? 来るのが一足遅かった……! 行きたかったなぁ。」

 「凄かったよ! 火星や土星とかだけじゃない、海王星とかアンドロメダ星雲とかまで見えた。アオ、テンション上がってたな。」

 「あはは、ホントに先輩って、天文のこと好きなんだね。」


 アオイ先輩が目を輝かせる姿を想像して、思わず頬が緩んでしまう。

 子どもみたいにはしゃぐアオイ先輩なんて、見たこともない。そんな姿を見逃してしまったなんて……天文台に行けなかったこと以上に、そのことの方が悔やまれる。




 「ふふ……。佳実ちゃんの方こそ、ホントに好きなんだね。」


 そんな様子を見ていたスズちゃんが、ふわりと眩しそうな顔をしてそう言った。


 「わたし? たしかに星のことは知ってる方だとは思うけど、先輩ほどじゃ……」

 「ううん、そうじゃなくて。佳実ちゃんも、アオのことホントに好きなんだなって。」

 「え……」


 彼女の言葉に、わたしはドキッとして言葉を詰まらせた。


 「えと、あの、わたしは別に……」

 「ふふっ。そこ、慌てるんだ。意外だなぁ。」


 突然の追及につい慌ててしまうわたしに、スズちゃんはくすくすと笑った。


 「うう~……。やっぱり、そんな風に見えるのかなぁ……わたしとしては、まだそこまでハッキリした気持ちじゃないと思ってるんだけど……」

 「そうなの?」

 「うん……。先輩のことが気になってるのは間違いないけど、それ以上に先輩はわたしにとって“先輩”だから、というか……」


 あの日のわたしを掬い上げてくれた、尊敬すべき憧れの人。人生の先輩。実際のところは2しか違わないのだけれど、そう言うとなんだか物凄く歳の差があるような気もしてくる。前に禊お姉ちゃんにも言ったとおり、少なくとも今すぐ告白するとかそういうことは考えていない。


 「“先輩”、か。やっぱり、引っ越して来る前、相模原にいた頃からアオとは仲良かったの?」

 「え、っと……ううん。一度会ったことがあっただけなんだよね。その時に、先輩に助けてもらったというか、元気づけてもらったの。その時から先輩はわたしにとっての目標で、心の支えみたいなもので……」

 「いつの間にか、好きになってたんだね。もしくは、好きになっちゃいそうなんだよね?」

 「それは……その。」


 そこまで突っ込んで聞かれては、もはや否定しようがない。わたしは顔が熱くなるのを感じながら、小さくコクンと首肯した。


 「そっか。……アオらしいなぁ。」

 「先輩らしい……?」

 「うん。アオって、何故か居てほしい時にはちゃんと居てくれるから。つらい時、悲しい時に一緒にいてくれてたら……好きになっちゃうよね。分かるよ。」


 先輩のことを誇らしげに語るスズちゃんの目には、嬉しそうでありながらどこか胸が苦しくなるような切なさが見えた。


 「わたしも、同じだから。好きだったんだ、アオのこと。」


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