第19話 次期部長は忙しい
「おはようございます、先輩!」
朝、校門の前で出会った白石さんから、開口一番、元気のいい挨拶が飛んでくる。
「朝っぱらから元気だねぇ。」
「はい! 元気がなにより一番です!」
白石さんとはこうして朝に顔を合わせることも多いが、彼女はいつも朝からこうしてツヤツヤしていた。今日は何やら普段のバッグの他に、大きな袋を肩に掛けている。文化祭の準備に関するものだろうか?
「元気なのは良いことだよ。アオは元気じゃないの?」
「さあなあ。年寄りは朝に弱いもんで。」
「わたしたちとちょっとしか違わないくせに。」
車椅子から鈴蘭に呆れた目で見上げられながら、アオイはとぼけてみせる。そんなアオイたちの様子を見て、白石さんは可笑しそうに笑っていた。
「佳実ちゃんおはよう。昨日も文化祭の準備で遅かったけど、ちゃんと眠れた?」
「うん。わたし、寝るのは得意だから!宿題やって、その後すぐに寝ちゃったよ。」
同じ部活の女の子同士ということもあって、鈴蘭はすぐに白石さんと打ち解けたようだ。クラスは違えど、このように仲の良い友達が増えてくれることは喜ばしい。
「それじゃあわたしたちは先に行くから。授業中に寝ないでね、おじいちゃん。」
「うるせえ、そこまで言われるほどの年寄りじゃないっての。」
先ほどの物言いを引き合いに出して的確に揶揄ってくる鈴蘭に毒づいて返した。
「あはは、先輩もどうか無理はなさらず。放課後にまた、部室で!」
「ああ、それなんだが。今日は生徒会や他の部活との打ち合わせがあるんだ。アキオ先輩に手伝ってほしいって頼まれてるから、部室に行くのは遅くなるかも。」
「それって、次期部長だからってこと?」
「まあそうだね。ウチの学校、部活とか文化祭とかは生徒の自主性を高めるとかいって運営を生徒に任せてるから、やるべきことも多いんだよね。」
「そうなんですか……大変そう。」
「来年は俺がやらなきゃいけないことだから。
「お疲れさまです。でも、終わったら絶対に来てくださいね!先輩が来るの、待ってますから。今日は先輩に見てもらいたいものがあるので!」
そう言って白石さんはカバンを背負い直す。
「それってやっぱりその荷物のこと?」
やたら大きな袋だったので、ずっと気になっていたのだ。
そのことがアオイたちの態度から伝わったのか、白石さんはふふんと得意そうに勿体ぶって言った。
「はいっ、そうです。来てくれたら分かりますよ。むしろ、先輩がすぐには来ないのならちょうど良いかも。楽しみにしててくださいね?」
「なんだ、焦らすなぁ。まあいいけど、変な企みはよしてくれよ。」
その後、車椅子を押しながら鈴蘭と一緒に校舎へと入っていく白石さんを見送って、アオイも自分の教室へ向かった。
そして放課後。
例の打ち合わせを終えたアオイは、ようやく会議室から解放された。
「はあ、こんなに時間が掛かるとは思いませんでしたよ。」
「うちの高校───三鷹山葉学園は伝統的にオーケストラ部が強いからな。顧問の先生も含めて影響力が強くて、いつもは実質オケ部が全てを取り仕切るみたいなところがあるんだが。去年は演劇部が全国のコンクールで準優勝したらしくて、発言力が高まってるみたいだ。」
「それで、文化祭での講堂の使用を巡って1時間以上の大激論ですか。正直生きた心地がしなかったんですが。」
結局、二日間の文化祭期間のうち一日目は、丸々演劇部が公演とその準備に使うことで収まったが。去年まではリハーサルや何やらで一日目の午後からずっと占拠していたオーケストラ部の部長からは、文句が絶えなかった。オーケストラ部の方も全国大会の常連だそうで、文化祭での公演には学校外からも毎年注目が集まる。準備や練習に力が入るのも分かるのだが……
「おつかれさま、三柳くん。まあでも、今までオケ部が幅を利かせ過ぎてたのは確かだから。演劇部の人たち、演劇部だけじゃなく色んなところで他の部活にも公平になるように前から働きかけていたのが功を奏したみたいね。」
クラスメイトの遠藤さんが労いの言葉をかけてくれる。我がクラスのクラス委員である彼女も、生徒会の一員としてこの会議には参加していた。
「遠藤さんのフォロー、助かったよ。ウチの部に飛び火してきた時には正直何を言っていいのか分からなかったから。」
「いいの、気にしないで。演劇部の副部長さんとは去年から仲良くさせてもらってたし、上手くまとめられて良かったわ。」
「その辺りの交渉力やバランス感覚は尊敬するよ。俺も去年はクラス委員やってたからって今年もさせられそうになってたけど、ホント遠藤さんが選ばれてくれて正解だったと思った。」
こんな大きな会議の場でも臆することなく発言できるのはすごい才能だと思う。将来は政治家にでもなれるんじゃないだろうか?
「さて、じゃあ私はまだ生徒会の仕事が残ってるから戻るけど。三柳くんは天文部に?」
「ああ。こっちも準備があるからね、ちゃんと戻って来いと念を押されてるよ。ホントはさっさと帰って休みたい気持ちもあるんだけど。」
「あはは、確かに。お互い頑張りましょ。2年生の文化祭、ある程度気楽にやれるのは今年が最後だろうから。えっと、八重島先輩もおつかれさまです。」
「ああ助かったよ、俺からもありがとう。後輩たちに負けないように頑張るさ。」
生徒会室に戻っていく遠藤さんを、アキオ先輩と見送った。
「優秀で出来の良い子だな。仲が良いみたいだが、アオもなかなか交友関係が広いもんだ。」
「入学して初めての友達が、あの子と幼馴染だそうで。俺はあんまり多くの人と関わっていけるタイプじゃないので助かってますよ。」
「ふむ。俺に言わせれば、アオはそういうタイプだとは思えないんだがな。天文部にも速攻で馴染んだし。」
「それは、九条先生と元から知り合いだったってのが大きいですね。話す必要がある相手なら問題なく話せますが、必要以上に人と絡むのは苦手で……。何かといじられたり構ってもらえた天文部が特殊だったんじゃないかなぁ。」
「たしかにウチの部は先輩方も濃いメンツだったな。俺も没個性な人間だし、もしこの天文部に入ってなければ、地味で何の取り柄もないヤツになってただろう。」
「その天文部で部長やってて、三鷹天文台への就職を目指してる人が、没個性ということは絶対にないですね。」
地味かどうかはともかく、アキオ先輩が天文部に誇りを持っていることは間違いなく、そこはアオイも同じだった。濃いメンバーに加え、やることも自由で自分たちで決めていく代わりに「成果」も求められる。
文化祭も含め、皆が一丸となって全力で取り組む。顧問の先生がそういう方針だったのに加え、少々特殊な“事情”もあって、アオイたちのいる天文部は、みんなにとってそういう場所になっていた。
「……さ、スズたちを待たせてますし、俺たちも急ぎますか。」
「そうだな、戻るとしよう。」
アキオ先輩とともに部室に戻ろうとしたその時。
「あの……三柳くん……?」
突然後ろから呼び止められた。
「君は……」
「知り合いか?」
「……ええ、ちょっとね。」
アオイにとってはよく知っている人物だった。去年、アオイがクラス委員だった頃に、他のクラスでクラス委員をしていた子だった。ただ、今や「それだけ」の間柄とは言えないのだが……。
「……アオ、俺は先に戻ってる。後から来な。」
「あ、はい。」
何か察したのか、アキオ先輩が気を利かせて先に行ってしまう。
二人にされてしまっては仕方がない。アオイは彼女に向かい合って口を開いた。
「何か、用だったり?」
「えっと……うん。できたら、お時間をもらってもいいかな……───?」
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