第17話 重なる想い




 「ふう……。スズ、お先にお風呂あがったよ。」


 髪を乾かしながら、リビングにいる鈴蘭に声を掛ける。


 「ん、わかった。」

 「次に入るかい?」

 「そうする。」

 「じゃあ用意してくるわね。待ってて。」

 「ありがとう、お母さん。」


 叔母さん───鈴蘭のお母さんは、そう言ってお風呂場へと向かう。鈴蘭は脚が不自由なため、自力でお風呂に入るのが難しい。そのためにお風呂の際は叔母さんに手伝ってもらっている。


 「天文部のグループチャットに連絡来てたよ。佳実かさねちゃんのお母さんのこと。絵本作家としては、それなりに有名な人だったみたい。」

 「ああ、見たよ。絵本とかには詳しくないから全然知らなかったけど。」


 絵本作家の白石しらいし樹里じゅりさん。白石さんのお母さんにして、“魔女”としての師匠せんせいでもある。それゆえなのだろうか、あれから自分でも調べてみたが、彼女の作品もまた“魔女”を題材にしていると思われるものが多く見受けられた。


 「まさか、お母さんが亡くなっていたなんて思わなかった。」

 「アオは知らなかったの?」

 「もちろん。言っても、あの子とは出会ってから数回しか会ったことないくらいのレベルだよ? そんな話するタイミングなんて無かったし。」

 「そういえば、そんなこと言ってたかも。わりと深い知り合いっぽい雰囲気があったから、忘れてた。」

 「そんな感じだったか? 全然そんなことはないんだけど……。実際、あの子の詳しい事情について聞いたことって無かったんだよな。向こうで会ったことはあったけど、実のところ相模原に住んでいたのかどうかすら知らないし。」


 ましてや、お母さんが亡くなっているなんて。そんなこと、流石に知りようがない。


 「うん。でも、」


 だが鈴蘭はまっすぐアオイを見上げながら言った。


 「佳実ちゃんはアオの事情を知ってそうだったから。」


 アオイは言葉に詰まってしまう。


 「……そんな風に見えた?」

 「うん。佳実ちゃんのお母さんの話になった時ね。あの時の佳実ちゃん、アオに気を遣ってる感じだったし。」


 スッパリと両断するような切れ味で、的確な推理を披露してみせる鈴蘭。

 まいったな……


 「それにアオも、単に驚いてるというよりも『ああ、そういうことだったのか』って納得してるみたいな顔してたから。」

 「本当に鋭いな……。よくそんな細かいことまで分かったね。探偵でもやれるんじゃないか?」

 「そこまでかな……でもアオに関してなら確かにそうかも。これでもアオのことは、いつもずっと見てるからね。」

 「……そっか。」


 鈴蘭は夕方家に帰ってくる間から落ち着かない様子だった。いや、思い返せば白石さんのことを知らされた一昨日以降から、ずっとそうだったかもしれない。今日は帰り道が白石さんと一緒だったからかあまり突っ込んだ話はしなかったが、きっと本当は彼女とのことを訊きたくて仕方がなかったんだろう。


 「ご明察の通りというか……あの子にはひなたのことを話したことがあるよ。」

 「やっぱり。アオにしては、佳実ちゃんとはやけに距離感に戸惑ってる気がしてたもん。」

 「俺って、そんなに人付き合いが器用なイメージある?」

 「んー……というより、必要以上には近寄らせないって感じかな。天文部のみんなとは結構仲良くしてるけど、前に友達といるのを見たときは一歩引いてるような気がしたし。」

 「それは……」

 「でも“同級生”相手だったら、それも仕方ないとこあるよね。」

 「ホント、そういうことに関しては怖いくらいに鋭いな、スズは。」


 自由に歩き回れる脚を失い、他の人とは違う生活を余儀なくされているからだとでも言うのだろうか。鈴蘭の分析は的確にアオイの痛い所を突いてくる。


 「詳しく話すことはできないけど、出会った時にちょっとね。いま思えば、境遇が似てるところがあるから、あの子にはシンパシーを感じてたのかもしれない。詳しくは何も知らなかったけどね。」

 「そうなんだと思うよ。わたしも聞いてて、そうか、アオと同じなんだって思ったから。アオのいる天文部に来たのも分かるし、アオが佳実ちゃんのことを気にするのも無理はないなって。」


 鈴蘭は優しい眼差しでアオイを見ながらそう言った。


 「えへへ、ちょっと妬けちゃうかも。」

 「それは……」


 アオイは再び言葉に詰まる。


 「鈴蘭ー。お風呂の準備できたわよー。」

 「うん、今いくー!」


 叔母さんに呼ばれて、鈴蘭は元気よく返事をした。




 「じゃ、おやすみアオ。明日から文化祭の準備、がんばろ。」

 「ああ、ゆっくり行っておいで。おやすみ。」


 若干頬を染めながら、鈴蘭は車椅子を器用に動かしてお風呂場へ向かっていった。

 その後ろ姿を見送りながら、アオイは何とも言えない胸の痛みを感じずにはいられなかった。


 「妬けちゃう、か。」


 鈴蘭の言葉を反芻しながら、ひとりごちる。

 アオイは、先月の終わり、夏休み最終日の夜のことを思い出していた。






 “わたしは、アオのことが……好き。”



 あの夜、唐突に告げられた告白。

 鈴蘭とは従兄妹いとこ同士だったからか、彼女のそういった想いには全く気が付いていなかった。彼女は脚が不自由だということもあって、居候をさせてもらう以上は……と面倒を見るようにしていたし、できる限りの時間を一緒に過ごすようにしていた。それはあくまで従妹に対する気遣いであり、そういう感情はほとんど無かったが……鈴蘭の方は、それだけには留まらなかったらしい。


 「……ごめんな。」


 アオイは、あの日投げかけた謝罪の言葉をもう一度小さく呟いた。

 従兄妹同士だから───などという言い訳を口にするつもりはない。鈴蘭は整った容姿の持ち主であり、アオイ自身心が動かなかったわけでもない。人の痛みに敏感で、彼女の優しさにはアオイも大いに助けられてきた。事実、あの街を出てこの家にやって来たアオイが再び歩み出せたのは、鈴蘭がいたからこそという面も大きかっただろう。

 それでも、アオイが鈴蘭を拒んだのは───


 “俺には、ひなたがいるから。”


 あの日、鈴蘭にひなたのことを話した。病気のこと、亡くなったこと。想いを確かめ合い、恋人になったこと。彼女の死を背負って生き続けるために、この街へ来たこと。今も、そしてこれからも、ひなたは俺にとっての一番であり続けること。“魔女”のことまでは話さなかったが、今までずっとみんなに秘密にしてきたことを、あの日初めて打ち明けた。

 鈴蘭は、ただ黙ってそれを聞いていた。そして、涙をこらえた目をしながら優しそうに笑って、ただひと言「そっか。」と。たくさんの感情をしまいこんだあの笑顔を前に、アオイは何をすることもできなかった。

 そんな鈴蘭だからこそ、白石さんのことが気になって仕方がなかったのだろう。彼女は、あまりにアオイに近すぎる。ここ数日接していて確信したが、白石さんは“魔女”として、ひなたとも何か繋がりがある。彼女の考える“魔女”の在り方は、ひなたのそれと同じものだ。そしてそれだけでなく、彼女はアオイ自身にも似ている。彼女は、アオイにとって大切な“魔女”という肩書きを名乗り、あっという間にアオイの中で無視できない存在となりつつあった。ひなたの想いを絶やさぬために、鈴蘭が想いに苦しまぬように───再び現在イマから逃げようとしたアオイを、ここに引き留めたのは彼女だ。「“魔女”は人を幸せにする」───だからこそ、アオイには幸せになってほしい。そんなことを言われてしまっては、アオイには引き下がりようがない。

 彼女に対し、どう接していけばいいのだろう?問いかけるように、アオイは形見のブレスレットに手を触れる。




 「ん……?」


 スマホを見ると、当の白石さんから個別チャットが来ていた。


 「なんてタイミングだ。」


 無視するわけにもいかず、アオイは鈴蘭の去っていった方へもう一度目を向けてから、自分の部屋へ向かいつつ画面を開いた。


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