第16話 “魔女”の天文部
「あ……」
白石さんも、そこに書かれていたことに気がついたようだ。
アオイたちの様子を見て、なんだなんだとそこに注目した皆もやがてそのことに気がつき言葉を失った。
「そうか……君のお母さんは。」
「はい。……4年前に亡くなりました。」
「ごめん、何も知らず……」
「いえ、いいんです。先輩たちが悪いわけじゃないですから。むしろわたしこそすみません、本の背表紙にこんなことが載っているとは思いませんでした。」
見るとこの絵本、『魔女の天文台』の出版は2019年。作者である白石さんのお母さんが亡くなったのが2018年だから、これはいわゆる死後出版というやつだ。他の絵本の作者欄には没年が記載されていないので、この本が正真正銘、彼女の最後の作品なのだろう。
「先輩、そんな風に気にしないでください。お母さんが亡くなったのは悲しかったですけど……大丈夫です。今はもう、ちゃんと受け止めていますから。自分も、他人も、“魔女”はみんなを幸せにする。わたしはちゃんと幸せになれる、幸せになってほしいと、言ってくれた人がいましたから。」
白石さんはあえて目を伏せて、思い返すようにそう言った。
その人とは誰のことか───言うまでもないでしょう?
やさしく微笑んだ口元からは、そんな思いが伝わってくるように感じられた。
「わたし自身、お母さんたちに倣って“魔女”を名乗ったりしてますけど、“魔女”とは何かということをちゃんと知っているわけではないんです。だからわたしは、お母さんが生きてきた道を知りたくて、この学校に来ました。同じ学校に入って、同じ景色を見て……そうしたら、少しでもお母さんに近づけると思ったから。」
「そうか……そうだね。」
ここに至って、彼女のことをようやく理解できた気がした。
彼女は、アオイと似ているのだ。“魔女”である大切な人を喪い、その影を追い続けずにはいられない。その人の生きた軌跡を辿り、その人の見ていた景色を知りたい。
だからこそ彼女はこの学校にやってきた。アオイがいるかもしれないから、というのだって、あくまで理由のひとつ。いわば、「ついで」に過ぎなかったのだろう。
「お母さんは“魔女”でした。たくさんの昔ながらの知恵があって、色んなことを知っていて。星のこともよく知っていました。天文学は、“魔女”のルーツと深いかかわりがあるからって。だから、わたしは
「それは良いんじゃないかな。部活に入る理由なんて人それぞれ。純粋に天文に興味があって来た、っていうメンバーはむしろ少数派だよ。」
そこまで言ったところで紫苑と目が合う。
「……なんでそこで僕を見るんですか、先輩。」
「いやまあ、紫苑がその好例として一番引き合いに出しやすいというか。」
なにせ、アオイが無理矢理引き込んだわけだから。
しかし決して紫苑だけではない。おそらく鈴蘭やナナ先輩もそうなんじゃないだろうかと思っているし、なによりアオイ自身がそうだった。
星や宇宙はアオイにとって、「あの子」に繋がる大事なもの。その想いは白石さんと変わることはない。
「ね、思ったんだけど。」
そのとき突然、ナナ先輩が口を開いた。
「今度の文化祭のテーマ、これにしない?」
そう言って先輩はテーブルの上の絵本を手に取った。
「これ、って……」
先輩が手にしたのは『魔女の天文台』。たった今話題に上がっている白石さんのお母さんの遺作だ。
「“魔女”がいる天文部……きっと、みんな興味を持ってくれると思うの。星占いなんかもそうだし、なんかこう……魔女が星を眺めてる、みたいな。佳実ちゃんの話を聞いてて、そういう場面をイメージしたらなんだか素敵だなって。」
「まあ、たしかにイメージとしては良さそうですけど……」
「大先輩の
「え、わ、わたしですか……!?」
水を向けられて白石さんが狼狽える。
「いまの魔法はすごかった。みんなの前でやったら絶対、ウケる。」
「そうですね。やるとしたらやっぱりマジックショー?」
「流石に白石さんだけに押し付けるのはダメだろう。教えてもらうにしても、一日や二日でできるようになるとは思えないしな。」
「なら、喫茶店の形式にして……時間を決めてショーをしてもらうとかなら良いんじゃないでしょうか。」
「そういえばスズちゃんは喫茶店やりたいって言ってたもんね。どうせなら、みんなで魔女のコスプレしちゃうとか、どう?」
話がどんどん進んでいく。
「あの、そんな勝手に話を進めない方が……なんか、“魔女”絡みの出し物にするのは決定みたいになってるし。」
たしかに、今年の文化祭の出し物をどうするか悩んでいたのは事実だが、肝心な白石さんの意見を聞かないままに進めるのはどうなんだろう。人見知りする子のようだし、人前でマジックショーなんてさせられるのは……
「えっと……先輩は、“魔女”をテーマにするのは嫌ですか……?」
白石さんが、アオイの機嫌を窺うような目をしながら訊ねてくる。
「いや別に、俺は嫌とかそういうわけじゃないんだけど。」
「なら、大丈夫です。わたし、やります!」
ふんっ、と気合いのこもったポーズで白石さんが応えた。
なんというか、意外だった。このあいだの食堂でのことで、勝手に人前に出るのが苦手なのだと思っていたから、まさかそんな堂々と舞台に立つ役を引き受けるとは思わなかった。
「決まりだね。さっそく明日から準備しないと。」
「顧問としてもようやく一安心かな。そろそろ文化祭のために動き出さないとまずいと思ってたから。」
「それは、なんというかすみません先生……」
「アッキーがグズグズしてるから。でもおかげでこんな良いアイデアに巡り会えたんだから、良し。」
「相変わらず容赦なく言ってくれるな、ナナ。」
先輩たちも、ああ見えてなかなか焦ってはいたようだ。ならばたしかにこれは良い機会だったのかもしれない。
「よろしく、佳実ちゃん。」
「はい、七瀬……えっと、ナナ先輩。」
「佳実ちゃんも、もう立派な天文部の一員だからね。みんなのこと気軽にあだ名で呼んでくれたらいいよ。みんなも、佳実ちゃんのことは名前かあだ名で呼ぶこと!」
「毎度のことながら無茶言いますね……」
「やっぱり距離を縮めるには呼び方からって言うからね。」
「そうは言っても、あだ名とか簡単には思いつかないですよ。女子をいきなり名前で呼ぶのもアレだし……」
「えー、そうかな。佳実ちゃんだし、イギリス出身でしょ?キャサリンとかキャシーとか、何か思いつかない?」
「おばあさんがそうってだけで、白石さん自身は違うんじゃ……」
「というか、イギリス人の血が入ってるからそういう名前ってのも安直すぎるような。」
「そこ、細かいことはどうでもいい。」
すっかり自分のペースで突っ走り始めるナナ先輩だったが。
「……白石さん?」
呆けた様子の彼女に、先輩が声を掛ける。
「ああ、いえ……おばあちゃんの名前が出てきてビックリしたというか。私の名前はおばあちゃんから貰ったんです。
「なんと。」
それを、ナナ先輩が直感だけで当ててしまったとは。相変わらず妙に勘の鋭い先輩である。
「じゃあやっぱり『キャサリン』でいく?」
「えーっと、おばあちゃんと同じ呼ばれ方っていうのもくすぐったいというか……そのまま『佳実』で、お願いします……?」
「じゃ、佳実ちゃんで。これからよろしくね。文化祭のステージも含めて。」
「お、お手柔らかにお願いします!」
白石さんの歓迎会が、図らずも文化祭の出し物についての会議になってしまったが。
新たなメンバーを加え、天文部がにわかに慌ただしく動き出し始めた。
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