第15話 絵本



 「───そうか、やっと思い出した!」


 急に、アキオ先輩がそう呟いて手を叩く。


 「アキオ先輩?」

 「魔女、天文、“白石”という名前……ずっと何かが引っかかってたんだが、ようやく思い出した。」


 先輩はやおら立ち上がって本棚の方へ向かう。


 「えーっと、確かこの辺に……あった、これだ。」

 「それは……絵本、ですか?」


 そう言って先輩が取ってきたものは、何冊かの絵本だった。


 「あっ……それって。」

 「お。そう反応するってことは、やっぱり正しかったんだな。」


 目を丸くした白石さんの反応を見て、アキオ先輩は我が意を得たりといったふうに頷いた。


 「どういうことですか、先輩?」

 「まあ待て。まずはここを見てみろよ。」


 アキオ先輩はそのまま、絵本の表紙の“ある部分”を指差してみせる。




 魔女まじょ天文台てんもんだい

 さく しらいし じゅり





 「え、“しらいし”……?」


 全員の視線が、白石さんへと注がれる。


 「の絵本……この部室にもあったんですね。」

 「もしかしてこれ、佳実ちゃんのお母さんの絵本なの?」

 「はい。白石しらいし樹里じゅり。わたしのお母さんで、絵本作家です。」


 彼女は、感慨深そうにそう言った。


 「待ってよ。そもそもなんで絵本がこの部室にあるの?」

 「子供向けの絵本ですよね。たしかに高校の部室に置いてあるのは不思議かも。」


 紫苑と鈴蘭が、それぞれに疑問を口にする。


 「この絵本の作者は、この天文部のOGなんだそうだ。だから部室にも彼女の絵本を置くことにしたと、九条先生から聞いたことがある。」

 「そうだったんですか……」

 「お母さんが、この天文部の……。そっか、白石さんはお母さんの繋がりで天文部に来てくれたんだね。」

 「そうですね。もちろん、まずわたし自身が星に興味があったからではあるんですけど。」


 つまり、白石さんのお母さんはこの学校の卒業生であり───アオイたちにとって、大先輩にあたるわけだ。


 「白石さんのお母さんか……」

 「なんでも、在籍していた頃は部長だったらしいな。なかなか破天荒な人だったとか。といっても20年以上前の話だから、九条先生も聞いたことがある程度だったようだが。」

 「お母さん……。そんなイメージ無いんですけど、高校の頃ははっちゃけてたのかな……?」

 「かもねえ。少なくともその様子が後世に伝わっているくらいには。」


 皆それぞれの感慨とともに、自分たちの先輩の“作品”を手に取りページをめくる。絵本というだけあって、そこに彩られる世界は独特な絵柄で表現されているが、どれも不思議と温かみがあり、優しい筆遣いで描かれているのがわかる。物語を語る言葉もやわらかく、まるで包み込むような大らかさがある。本を読んでいるだけで、彼女のあたたかな人となりが伝わってくるようだった。


 「自分のお母さんのことを、こういう形で知られるのもちょっと恥ずかしいですけどね。」

 「そうかな? 立派なお母さんだと思うけど。俺たちにとっても関わりのある人だったわけだし。」


 職業作家として名の売れた人が、自分たちの先輩だった。そう知ると、今この天文部に所属する後輩として、自分たちもそれに恥じないような活躍をしなければならないと気も引き締まるというものだ。

 だがアオイにとってはそれだけではなかった。

 運命のイタズラとしか思えない。なにしろ“魔女”が在籍した学校に入学し、彼女が部長を務めた天文部で、今度は自分が部長を任されようとしているのだから。“魔女”との出会いによって大きく人生を変えられたアオイが、その“魔女”の後を継いでこの場にいる。まるで見えない何かに引き寄せられたかのような、不思議な運命を感じずにはいられない。

 白石さんのお母さん───この天文部を受け継ぎ、この子を育てた先代の“魔女”。

 いったい、どんな人なのだろう。

 アオイは、背表紙にある作者のプロフィールに目を向ける。


 「え……───」


 そこに書かれていたことを見て、絶句した。




 しらいし じゅり

 絵本作家。1983年生まれ。2012年、『まほうの絵筆』で作家デビュー。代表作に、『ななつぼしの子どもたち』『魔女の天文台』など。2018年11月逝去。


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