第14話 佳実の演目(ショー)
「魔女?」
「はい。わたし、これでも“魔女”の端くれなんです。この天文部に来たのもそれが理由です。天文学に、占星術……“魔女”とは切っても切り離せないものですから。」
不思議そうに問い返された白石さんは、事も無げにそう言ってのけた。
どういうつもりだろう。
まさか彼女が自分から“魔女”について触れてくるとは思わなかった。
「わたしのおばあちゃんは、イギリスから日本へ移り住んだ“魔女”なんです。星についてはお母さんから、小さな頃からたくさん教わってきました。」
「えっと……」
「白石さん白石さん、さすがにいきなり過ぎてみんな戸惑ってる。」
本人もそれは分かっているのか、突然の告白にポカンとしている一同をよそに、白石さんは
「もちろんそうでしょう。では、ひとつ魔法をお目に掛けましょう。一枚、この中から好きなカードを選んでみてください。では……えっと、七瀬先輩?」
「ナナ先輩でいいよ。みんなそう呼んでる。じゃあ……これかな。」
この状況下でもブレないというか……全く動じた様子のないナナ先輩は流石である。
どうやら白石さんは、カード
「ハートの7ですね。ではこのハートの7を、一枚だけ裏向けにして
そう言って、ざっとカードを広げてみせる白石さん。不規則に並んだ赤と黒のカードの中に一枚、裏向きのカードがある。白地のカードの山のなかで、一枚だけ赤い裏面の色がよく目立っている。
「ではこのカード……ハートの7でしたね、これを今からこの箱の中に一瞬で移動させます。」
先ほど取り出したトランプの箱。その箱を机の上に置くと、彼女は机に並べられたカードの山札を手に取り、
「1、2、3! はい、これで選んだカードは消えてしまいました。」
彼女がパチンと指を弾くと、再び広げられた山札に裏向きのハートの7はどこにも見当たらなかった。
「まさか……」
紫苑が思わずそう呟くと、待ってましたとばかりに白石さんはニヤリと笑ってみせた。
「そうです。この箱の中に入っているのが……」
空っぽのはずの箱の中から一枚、彼女が取り出したカードは。
「ハートの7です。ありがとうございました。」
「お見事。」
流れるような勢いで
皆、最初は呆気に取られているだけだったのが、いつの間にか彼女の魅せる“魔法”に引き込まれていた。
「すごい……全然どうやったのか分からなかった。」
「うんうん、プロのマジシャンかと思うくらい!」
「ありがとうございます。これも、お母さん直伝の“
自慢のお母さん直伝のワザを皆に褒められて、白石さんも得意げだ。
「すごい手品だと思うけど……『魔女』っていうのはつまり、
先ほどの彼女の話を挙げて、紫苑が疑問を投げかける。
「たしか自分のことを『魔女』だって言ってた。つまりは白石さんは
「そうですね、
そう言って白石さんが開いてみせた山札の中には、先ほどと同じように一枚だけ赤い裏面を向けたカードが入っていた。
おそらく最後にこの山札を開いてみせた時には、その一枚を他のカードの下敷きにして見えないようにしていたのだろう。トランプは全部で52枚組。1枚や2枚無くなっていたところで、それに気付くことは不可能だ。
ちなみに、裏向けだったそのカードの表に返すと、その絵柄はスペードの
「やるなぁ。まんまとしてやられたわけだ。」
「まあ、手品というのはそういうものですからね。『タネも仕掛けもありません』なんて言いますけど、本当にタネも仕掛けも無かったら手品なんてできっこない。」
アオイも、
「そうですね。でも、わたしは“魔女”です。ホンモノの“魔法”を使うことだってできるんですよ?」
そう言うと、白石さんの口元が不敵に笑う。彼女は先ほど手品のタネを務めた赤い裏向けのカードを再び手に取ると、山札の一番上に戻した。そして慣れた手つきで山札をシャッフルしてみせる。
「なんたってこのカードは“魔法”のカードなんですから。ほら、見ててくださいね。実はこのカード、わたしが呪文を掛けると……」
“
───裏を向けて広げた52枚のトランプは、
全員が唖然とした。
どう見ても間違いなく、カードの裏面は全て青色だ。広げられたカードの中には先ほどのスペードのQもあったが、その裏面もしっかり青色に変わっていた。
その後、みんなが手に取って確かめてみても、先ほどの赤い裏面のカードは一枚も見当たらなかったのである。
「マジか……」
「ふふふっ。“魔女”は実在するんです。」
「でも、これにもタネがあるんでしょ? だってこんなこと、普通に考えてあり得ない……」
「さて、どうでしょう?」
今度はネタばらしはせず、ただ笑ってはぐらかすだけ。今度こそ紛れのないホンモノの“魔法”である……そう言いたげに。
そんな姿を見て、アオイはまた「あの子」のことを思い出した。
「ふええ……すごいねえ。」
「まあ、“魔女”といってもちょっとした色んなことを受け継いだり教わってきただけで、何か特別な人間ってわけじゃないんですけど。」
「それでも充分すごいよ。何が起こったのか分からなかったもん。」
菜夏先生がため息を漏らす。天文部の他の面々も受け取り方はそれぞれだったが、皆が彼女のことを見直していた。
彼女が、確かに“魔女”であると納得させられてしまうかのような。自分は“魔女”だ───突拍子もなく聞こえるであろうその言葉に、説得力を感じずにはいられない
「───うーん……」
そんな時、アオイは隣で何か頭をひねっている先輩に気づく。
「どうかしましたか、アキオ先輩。」
「何かが引っかかるんだが、なんだったかな……」
「引っかかるって、何がです?」
「いや、白石さんが『魔女』ってのを言い出したときに、ふと何か頭によぎった気がしてな。その言葉、どこかで聞いた……いや、
「魔女って言葉自体は、そう珍しいものではないですし。どこかで見かけたとしても、そんなに不自然なことはないと思いますけど。」
「いや。それが、
先輩はそう言って考え込んでしまう。
「そうは言っても、“魔女”がどうこうって話、俺はここでした覚えはないんですが……」
アオイにとって“魔女”という言葉は特別だ。もしその言葉が少しでも話題に上ったとしたら、何かしらの印象を覚えているはず。
「たしかに、アオとそんな話をした覚えはないな。アオじゃなくて───そうか、やっと思い出した!」
ようやく合点がいったといった具合に、アキオ先輩はポンと手を叩いた。
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