第13話 ようこそ天文部へ!
「と、いうわけで。新入部員の
「よ、よろしくお願いします……!」
わー、という歓声とともに、部室に集まった天文部の面々から拍手が送られる。当の本人はといえば、この部室も初めてではなく前もって心構えもできていたためか、それほど緊張はしていないようだった。
「
「え、ええっと……なんとか道を間違えずに通えるくらいには……?」
我らが先輩にして副部長、通称“ナナ先輩”にいきなり名前で呼ばれて、白石さんが戸惑った様子を見せながら答える。
おおう、相変わらず距離を詰めるのが早いな……
喋り方は淡々としているのに、気がつくと懐に入られているような、そんな得体の知れない独特の距離感を持つ先輩である。
「そんな転校したての大変な時期に、
「知り合いというか、“顔見知り”程度の知り加減ではありますけどね。先に軽く伝えたように、まともに話したのもまだ数回程度ですから。」
このように説明のややこしい事態が長引かないように、天文部のグループメッセージで事前に白石さんのことは伝えてあった。地元が同じで、たまたまこちらの高校に転学してきたことから改めて知り合うことになった……という数日前に高橋たちにしたのと同じ説明だったが、取り立てて特に質問等は出なかった。
……はずだったのだが。
「アオくんとはどうやって知り合ったのか。その辺気になるよね、スズちゃん。」
「それは、まあ。今朝、学校来る時に聞いてみても、さりげなく話を逸らされたし……」
女子組がアオイに詰め寄らんばかりの勢いでグイグイ来る。口ぶりこそ変わらないものの興味津々といった風に目をキラキラさせているナナ先輩と、チラチラとアオイの顔色を窺いつつも、聞きたそうな様子を隠せていない鈴蘭。
「それは僕も気になるかな。アオ先輩のことだから、たぶん突拍子もないような場面で、空気なんて読まずに声を掛けたんでしょう、きっと。」
そしてもう一人の後輩、
「紫苑まで……。人聞きの悪いことを言うな。俺ってそんなイメージなのか?」
「なにしろ、僕がここに引き込まれたのも、元はと言えば先輩のせいだよ。僕はそもそも、部活とかに入るつもりは無かったんです。」
「そうは言っても紫苑、君は宇宙関係の仕事が志望だろう? そのためには、天文部っていうのはこの上ない足場だと思うんだけど。」
「僕が目指しているのは航空宇宙工学です。天体観測とか天文学にはそこまで興味は無かった。それを勝手に『そんな君にうってつけの部活があるんだが、是非とも入ってくれないか?』とか言って、無理やり引っ張ってきたのはあなたでしょう。」
「そんなこと言ったっけねえ……」
紫苑は出会った当初は一匹狼といった様子で、なんなら「話しかけるな」オーラを全力で周囲に漂わせていた。それをアオイと、前の顧問だった九条先生とで天文部に引き込んだのは事実。その時の印象から、こうした感想になるのは致し方のないことなのかもしれないが。
「一応、今回声を掛けてくれたのは白石さんの方からだったんだけどね。たまたま知ってる顔を見かけたから~……って。」
「えっと……それはそうですけど。」
白石さんは肯定するが、「そもそもの出会い方的には間違いじゃないような……」と、小声でボソッと呟いたのが聞こえた。
「……なんだよ?」
「い、いえ! なんでもないですっ!」
睨まれた白石さんは、慌てて目を逸らした。
彼女の時もだが、強引に距離を詰めたのはそうする必要があると思ったからであって、本来アオイは誰にでも積極的に話しかけられるような社交的なタイプではないのだ。このあいだ一緒に帰った時といい、変な誤解をされてしまっているような気がしてならない。
ここで蒸し返されるとしつこく詮索をされかねないので、お願いだから余計なことを言わないでほしい。
「なんだか、ドラマチックな出会いがあった予感?」
「出会いというのは
一癖もふた癖もある面々ではあるが、ここにいる皆は大切な仲間だ。ひとつとして捨て置くべき軽い出会いなどない。
……という理屈の下、強引に押し切ることにした。決して、説明が面倒くさいというわけではない。
「ううん……力ずくで言いくるめられてしまった。」
「はっはっは! 流石は我らが次期部長。アオは一度これと決めたら簡単には折れてくれないからな。」
しばらく部員たちを遠巻きに見守っていた現部長ことアキオ先輩が、豪快に笑い飛ばす。
「さて、じゃあこちらも自己紹介といこう。一昨日も言ったが、俺は部長の
「改めてよろしくね、白石さん。転校したてで分からないことがあったら、何でも聞いてね。じゃあみんな、あとは各自で自己紹介かな。」
アキオ先輩、菜夏先生から始まり、その流れでみな各々に自己紹介をしていく。
「どうせなら、同じ1年生からにする?」
「じゃあ、わたしから。1年A組の
「あ、うん。まだ自分のクラスの人の顔も覚えきれてないけど……」
「だよねぇ。わたしも、他のクラスの人までは覚えてないや。あんまり遊びに行けないし。」
「あ……えっと。」
白石さんが鈴蘭の車椅子を見て言いよどむ。
「あー、これね。ちょっと脚が不自由で、迷惑かけちゃうと思うけど、気にしないでくれたら嬉しい。」
「うん……わかった。よろしくね。」
鈴蘭は車椅子がどうしても目立ってしまう手前、どうしても気を遣われてしまうことが多く、そのことにいつも息苦しさを感じていて、普通に接してほしいと常日頃からみんなに言っている。白石さんもそのことは何となく理解したようで、取り立てて深く突っ込むことはなかった。
「今度は僕か。
「なんだ、シンプルだな。」
「別に、言うことないし……。」
「さっきやたらと突っかかってきたクセに。言っておくけどこの子、けっこう物知りみたいだよ? 知識でマウントを取るのは難しくなるかもしれないな。」
「うるさいな! 僕は決して、知識をひけらかしたいわけじゃない。先輩があやふやな知識でテキトーな話をするから、ツッコまざるを得ないんじゃないか。」
紫苑は何かとアオイに突っかかってくるが、その知識量はホンモノだ。専門の宇宙工学についてはもちろん、天文・地質・気象といった地学、物理学や生物学、果ては歴史や政治、哲学といった幅広いという言葉では収まりきらないほどの知識を蓄えている。
「わたしは、物知りってわけじゃないですけど……。そんなに物知りってことは、やっぱり頭も良いのかな……?」
「ああ、成績は学年でも1、2を争うレベルなんだっけ。」
「一応はそうみたいですけど……成績が良いからって、頭が良いっていうのは違う気がするけど。アオ先輩みたいな強引な人を相手するのは苦手だし……」
「人を空気を読まない朴念仁みたいに……。頭が良いのは間違いないだろう。博学で勉強家で、向上心もある。間違いなく優秀な、自慢の後輩だよ。」
「……別に、先輩に褒められる筋合いはないですから。」
本人は素直に受け取らないが、賢い子なのは間違いないし、頼りになる後輩だと思っている。白石さんと再会する前、アオイは学校を辞めるつもりでいたわけだが、次期部長という役目を放り出すことになるにも関わらずそれを決意できたのは、紫苑の存在がいたからだ。もしも自分がいなくなっても、紫苑さえいれば後継には困らない……と。
「さて、次はアオくん……って、今さらかな?」
「ええ、今さら自己紹介の必要はないでしょう。他の個性的な面々と比べたら、大して紹介するほどの何かがあるタイプでもないし。」
そう言って自分の番をさらっと流す気でいたのだが……
「アオが『個性がない』ってのは、無理があると思うけど?」
「そうだね。細かい部分はテキトーではあるけど、ミョーなことに詳しかったり。それに、この天文部の中で唯一の2年生の先輩でもあるし。」
「つまり文化祭が終わったら、必然的に俺の後を継いで部長になるということだな。自慢できる優秀な後輩に恵まれて幸せだな、俺は。」
「そうだね、間違いなく。アオくんになら安心して任せられる。」
アオイの言葉を引き合いに出して煽ってくる先輩後輩たち。
この人たちは……。
「はい、それはさておき。」
「さておかれてしまった……」
抗議のひとつも口にしようとしたまさにその瞬間、ナナ先輩が見事にスッパリと話をぶった切ってみせた。
このマイペースかつ掴みどころのない猫のような人となりが、この部の影の権力者と皆が認める副部長、ナナ先輩である
「最後は私だね。3年の
「は、はい……というか、」
「さっきからもう呼んでる、って言いたくなるよね。悪いが諦めてくれ。この先輩のペースは誰にも崩せないから。」
「むー。私だって空気を読むくらいできるし。だから『いいかな?』って聞いたんだし。」
「順番が逆なんですよね……ただの事後承諾ってやつでは。」
「無駄だぞ、アオ。それに新人。俺が見てきた3年間、ずっとこの調子だったからな。どんなツッコミを入れようと
「そゆこと。さすが相棒、よく分かってる。」
そう言って、七瀬先輩こと“ナナ先輩”は白石さんに顔を近づけて耳打ちする。
「それで、佳実ちゃん。どういう経緯で来てくれたのか、その辺りのことについて聞きたいな。アオくんとは向こうではどの程度知り合いだったのか、とか。」
「ええっと、それは、その……っ……」
「ナ・ナ・先・輩?」
「アオくんが怒った。これは退散するしかない。」
怒気のこもった言い方で圧をかけると、ようやく先輩は観念したようで、白石さんの隣から離れた。
「まったく。せっかくの新入部員が辞めていったらどうするんですか。」
「でも、佳実ちゃんのことを知りたいと思ってるのは本当だよ?アオくんとの繋がりで来てくれたみたいだし、それについて知りたいって思うのは自然なことじゃないかな。」
「それは、そうなんですが。」
ナナ先輩とて、無理やり白石さんから聞き出そうとしているわけではないのだろう。そもそも、ナナ先輩はこう見えて、そこまで他人の事情に興味を持つようなタイプでもない。見ての通り、気まぐれな猫のような人なのだ。そんなこの人が、こうしてしつこく問い詰めてくるのは……
「……なんでそこでわたしの方を見るの、アオ。」
「いや、何気に一番聞きたそうにしてるな、と。」
「べつに、興味なんてないもん! 人のことをあれこれ詮索するのは趣味じゃないし。そりゃあ歓迎会なんだから、ちょっとくらい話題に上るのは自然なことだと思うけど……」
そう言ってそっぽを向く鈴蘭。言葉とは裏腹に、気になって仕方がないといった様子なのがありありと顔に表れている。一昨日、先生からメッセージで白石さんのことが紹介されてからというもの、何かにつけて訊ねられたものだ。気が強そうなわりに押しは弱い子なので、容易くはぐらかしてはきたが、ずっと気になっていたのだろう。
スズがこの様子だから、その気持ちを汲んだ先輩が、代わりにあえて食い下がったんだろうな。
さてどうしたものかと頭を掻くアオイだったが、沈黙を破ったのは白石さんの方だった。
「あの、わたし、先輩がいるからってだけでここに来たってわけじゃなくて。一昨日も言ったんですが、わたしは元々天文に興味があったんです。“魔女”としての繋がりというか……」
「え!?」
白石さんの言葉に、アオイは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。普通の人が聞いたら、まず耳を疑うであろう“魔女”の話題。それを唐突に、しかも自分からわざわざ触れてきたことに、アオイは意表を突かれてしまった。
彼女はそんなアオイと目を合わせると、パチッとイタズラっぽく小さなウインクをしてみせた。
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